1月23日生まれの有名人と今日は何の日?*365日きっかけ誕生日プレゼント*

1月23日エドゥアール・マネ 誕生日&何の日?

1月23日生まれの皆さま、お誕生日おめでとうございます。

今日はどのように過ごしますか?

お誕生日の方、そうでない方も、ワクワクとした日を過ごしたいですよね?

そんなあなたに小さな小さなきっかけをプレゼントします。

 

肖像画も銅像も別人かも?実際の西郷隆盛

2018年、NHK大河ドラマ『西郷どん』の物語のはじめに、西郷隆盛の妻、糸が上野の銅像の除幕式の際に「うちの人は、こげな人じゃなか」というシーンから始まりました。

西郷隆盛は、顔が知れると狙われやすいことから、写真嫌いで有名で生前の写真が残っていません。そうは言っても、教科書で見たことがある、あの人物は誰だったのか?西郷隆盛の弟の顔と、従兄弟の顔を参考にモンタージュにして、イタリア人の画家によって描かれました。この絵をもとに銅像が制作されたので、別人であった可能性が高いと言われています。

 

西郷隆盛はどんな人?

1828年1月23日~1877年9月24日 職業:武士・軍人・政治家
出身:日本(群馬県)

 

 

西郷隆盛は、黒豚や甘いものが好物で肥満になり、それを気にしていたようで、肥満解消のためドイツ人の医師の治療も受けています。

特に好物だったのは、鹿児島の郷土料理「豚骨」です。豚骨というと、ラーメンをイメージしてしまいますが、豚の煮物です。

 

レシピ参考 鹿児島市のWebサイト

 

マネの代表作『オランピア』のモデルは女流画家

マネが描いた作品で問題作となった『オランピア』は、ティツアーノの『ウルビーノのヴィーナス』と同じ構図で、神話の女神さまを現実世界の女性をモデルにしたことで、批判されました。

当時「オランピア」が娼婦の通称として使われていたことから、モデルの女性は娼婦だったと言われていますが、実際は違いました。

モデルをした女性の名はヴィクトリーヌ・ムーラン(1844年2月18日~1927年3月17日)、絵の勉強をしながら、生活費を稼ぐために、ピアノの先生をしたり、モデル業をしていました。ロートレックのモデルもしていたこともあるようです。

ムーランは、サロンに絵を出品し続け、画家として成功しており、83歳まで長生きしています。絵のモデルになったことで、活動しにくかったこともおそらくあったと思いますが、それでも画家として活動し続けた、逞しい女性だったのではないかというのは想像です。

 

画家が本業で、モデルはアルバイトでした。それにも関わらず、モデルの女性は娼婦だったというエピソードで知られていますが、それの何が問題なのかも分からない、現代とは考え方が違います。モデルという職業に対しての偏見、それは一般人だけでなく、絵を描いていた画家の中にもあったのではないかと思われます。

モデルの女性が誰かはおいて、横たわっている女性の横に立っているメイドは黒人女性、当時、娼館で働くメイドに黒人女性が多かったこと、メイドが持っている花は客からのプレゼントを彷彿させます。『ウルビーノのヴィース』のオマージュの意図は、上流階級の男性の闇を赤裸々に描いているとも考えられています。

 

ベルト・モリゾの没後120年を記念した映画が公開されましたが、ヴィクトリーヌ・ムーランを主題した作品があったら、面白そうだと思いました。

女流画家 ベルト・モリゾ(1841年1月14日~1895年3月2日)は、マネの絵でモデルをしており、弟子でもあり、マネの弟のウジェーヌと結婚した人です。

 

エドゥアール・マネはどんな人?

1832年1月23日~1883年4月30日 職業:画家
出身:フランス

法務省で官僚であった父親、裕福な家の3人兄弟の長男として生まれ、父親はマネを法律家になることを望んでいましたが、母方の伯父が絵を描いていたことから、マネをはじめ兄弟3人にデッサンの手ほどきをしたことから、絵に興味をもつようになったと伝えられています。

画家として食べていくことに心配した両親の思いを汲み取り、水兵になることを宣言し、海軍兵学校を受験しますが、不合格でした。2度落ちてしまったために、画家の道に進んだようです。

18歳頃から6年間、アトリエで修業し、その傍らに複数の美術館で作品を模写しました。弟のウジェーヌと一緒にフィレンツェに旅行に行き、ティツアーノの『ウルビーノのヴィーナス』の模写もしたと言われています。

20代後半からサロンに出品し続けますが、酷評され落選続き、何としても、入選したかったマネは、『オーギュスト・マネ夫妻の肖像』というタイトルで両親を描き応募、評論家からは、「神聖な肉親の絆さえも土足で踏みにじる」と非難されますが、入選します。何を描いても、当時の評論家からは非難されそうです。

 

Edouard Manet
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31歳 この年のサロンの審査は例年に比べて特に厳しく、マネは落選します。しかし、ナポレオン3世が、落選した作品の展覧会を開催することを命じたため、マネが描いた『草上の昼食』含む3点が落選展に展示されました。

『草上の昼食』が批評家たちから酷評を浴びます。ティツィアーノの『田園の奏楽』の着想で描かれているのですが、裸婦の周りにあったドレスが、流行のドレスのデザインであったことから、現実の女性が強調されており、裸婦はニンフには思えない、純粋でない、俗悪であるという理由でした。

翌年、最初に触れた『オランピア』がサロンに出品し入選、前年の『草上の昼食』よりも大問題になります。

 

意図的に描いているので、批判は何とも思わないかと思いきや、意気消沈しスペインに傷心の旅に出ています。そこで、ベラスケスを中心とするスペイン絵画に触れ、肖像画が多くなります。

34歳 代表作の『笛を吹く少年』をサロンに出品しますが落選します。このとき、新人作家であった エミール・ゾラ(セザンヌの親友)が、マネのアトリエを訪ね、作品を高く評価し、その後はマネを擁護し応援し続けたと言われています。

 

マネは評論家からはあまり好かれませんでしたが、印象派の画家には好かれ、親しくしており、若手の画家の手法を熱心に研究し、影響を受けていたようです。

ですが、意地悪なところもあって、当時、若手の画家のなかでもモネとは親しくしていましたが、モネはルノワールとも仲が良く、マネは「ルノワールは絵の才能はないから、絵を諦めるように勧めるといい」とモネに言ったことがあったそうです。どうやら、ルノワールの才能に嫉妬していたようです。

意地悪な話はもう一つあって、マネとマネの妻の姿を描いたドガの絵を、妻の姿が気に入らないという理由で、切断してしまいます。怒ったドガは、キャンバスを継ぎ足しますが、結局描かれることはなかったようです。

 

晩年は、若い頃に感染した梅毒が悪化し、左脚を切断する手術をしますが、術後の経過が悪く51歳で亡くなりました。

絵の評価が上がったのは、死後のことで、弟ウジェーヌとベルト・モリゾがマネの回顧展を開いたことがきっかけになっています。

また、問題の『オランピア』はモネが買い取り、リュクサンブール美術館に展示され、最終的にはオルセー美術館所蔵作品になっています。

 

1月23日エドゥアール・マネ

 

きっかけ:

誰かがあなたを批判したとき、どうしますか?

 

 

ドラマ天才物理学者「ガリレオ」とは無関係?湯川秀樹

東野圭吾原作の推理小説 ガリレオシリーズは物理学者を主人公にした推理小説で、福山雅治さんが主演をつとめたドラマ「ガリレオ」は大ヒット、劇場版、シーズン2もありました。

その主人公の名前が「湯川学」、職業も物理学者で同じなので、湯川秀樹さんが着想のネーミングなのか?それは分からないですが、湯川秀樹さんが生きていらしたら、「もしかして僕がモデル?」とか思ったりしたのかな?とただの妄想です。

 

湯川秀樹はどんな人?

1907年1月23日~1981年9月8日 職業:理論物理学者
出身:日本(東京都)

1949年、日本人として初めてノーベル物理学賞を受賞しました。

 

著書:

  • 『旅人 ある物理学者の回想』
  • 『目に見えないもの』
  • 『湯川秀樹 詩と科学』
  • 『本の中の世界』

 

物心ついたときから、あまり人と会話することを好まず、無口であったことから、「イワン(言わん)ちゃん」というあだ名がつけられ、父親からは何を考えているのか分からないと言われていたようです。

学生時代は、数学に熱中に熱中していましたが、友人から「小川くんはアインシュタインのようになるだろう」※と言われたことがきっかけになって、理論物理学への道を選んだようです。※湯川家に婿養子に入ったためです。

 

きっかけ:

誰かの何気ない言葉が行動するきっかけになったことはありますか?

 

情熱大陸の主題曲 葉加瀬太郎

1968年1月23日 職業:ヴァイオリニスト・ミュージシャン
出身:日本(大阪府)

 

 

1月23日 今日は何の日?365日のきっかけ

電子メールの日

語呂合わせ 1(いい)2(ふ)3(み)から「いい文=Eメール」電子メッセージング協議会(現 Eジャパン協議会)が1994年に制定しました。

アーモンドの日

日本人の成人女性が1日にアーモンド約23粒を摂取すると健康的にいいという理由から「1日23粒」=、1月23日を記念日とし、カリフォルニア・アーモンド協会が2008年に制定しました。

 

いかがでしたか?

Wikipedia情報による、1月23日が誕生日である有名人や何かの記念日をヒントにして、きっかけをつくりました。

素敵な偶然に出会ったり、予想外のものを発見することをセレンディピティ(serendipity)というそうです。サイトをご覧になった方が素敵な偶然に出会えるかは分かりかねますが、行動したら何かが起こるかもしれません。

素敵な一日でありますように!