2月3日生まれの有名人と今日は何の日?*365日きっかけ誕生日プレゼント*

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2月3日生まれの皆さま、お誕生日おめでとうございます。

今日はどのように過ごしますか?

お誕生日の方、そうでない方も、今日一日ワクワクとした日を過ごしたいですよね?

そんなあなたに小さな小さなきっかけをプレゼントします。

語学堪能、絵も描ける、作曲家メンデルスゾーン

フェリックス・メンデルスゾーンはどんな人?

1809年2月3日~1847年11月4日 職業:作曲家・指揮者・ピアニスト・オルガニスト
出身:ドイツ

代表曲は結婚式の入場で使われる「結婚行進曲」で、ドイツロマン派に分類される作曲家です。

35歳のときに、ライプツィヒ音楽院(現在:フェリックス・メンデルスゾーン・バルトルディ音楽演劇大学)を開校し、後進の音楽家の育成のための基盤を作ろうと奔走しました。

代表曲:

  • 『ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 Op.64 第1楽章』
  • 『歌集 Op.62-6 「春の歌」』
  • 『歌集 第9番 ホ長調 Op.30-3 「慰め」』
  • 『劇音楽 《真夏の夜の夢》 「結婚行進曲」 Op.61-9』
  • 『劇音楽《真夏の夜の夢》 序曲 Op.21』
  • 『交響曲第3番イ短調「スコットランド」』

30代で亡くなった、モーツァルト(1/27)、シューベルト(1/31)と誕生日が近く、同じく30代で亡くなったのがメンデルスゾーンです。短命ではありますが、モーツァルトやシューベルトのように、お金に困るというようなことはありませんでした。

祖父は哲学者、父親は銀行家、母親は女性作曲家の先駆け、貴族ではないけれど、裕福な家庭に生まれたメンデルスゾーンは、幼少の頃から英才教育を受けており、6歳から本格的なピアノの教育を受け、語学(ドイツ語・ラテン語・イタリア語・フランス語・英語)文学、哲学、絵を描くなど、幅広く知識を吸収していたようです。描いた絵は、Wikipediaでも見られますが、上手い人が描く風景画だなと思いました。

音楽の指導を受けていた人の紹介によりゲーテと出会い、ゲーテの詩に曲をつけて発表しています。また、同時代に活躍した、ベルリオーズやリストとは交友関係があったようです。

音楽監督に就任したり、指揮者として活躍したり、演奏旅行に行ったりと、精力的に活動していましたが、クモ膜下出血で亡くなったと考えられています。

神童と呼ばれていたようで、一度見たもの、一度聴いたものは完璧に記憶できたため、楽譜を紛失してしまっても、記憶だけで再現できてしまうという能力をもっていたというエピソードがあります。

きっかけ:

あなたの変わった特技は何ですか?

ノーマン・ロックウェルのクスっと笑えるユニークさ

ノーマン・ロックウェルはどんな人?

1894年2月3日 ~1978年11月8日 職業:画家・イラストレータ―
出身:アメリカ

幼少の頃から絵を描くことが得意で、画家を目指していたようです。13歳で、地元のアートカレッジに入学し、2年後、国立デザイン学院で芸術を学びます。

15歳の頃に、ボーイスカウトの出版会社からアートディレクターとして雇われ、キャリアを積みました。

20歳のときに転居します。転居した先が、当時有名なイラストレーターが多く住んでいた地区だったので、漫画家と知り合い、一緒にスタジオを設立し数々の雑誌の表紙作品を制作しました。

1916年21歳 当時アメリカでもっともよく読まれていた、サタデー・イブニング・ポストの表紙を担当することになります。以降、47年間、321冊の雑誌の表紙を手掛けました。 アイリーンと結婚しますが1930年に離婚します。

1930年35歳 ロックウェルは学校の先生であるメアリーと結婚し、3人の息子ができます。一家は、バーモンド州のアーリントンに移り、そこでの普通の生活が、作品に反映したと言われています。

1943年48歳 フランクリン・ルーズベルト大統領の演説に触発されたロックウェルは、4つの自由(表現・信仰・欠乏・恐怖)をテーマにした作品を描きました。

同年に、スタジオで火事が発生し、作品を描くための衣装や小道具、大半の作品が消失してしまいます。

1953年 一家はアーリントンからマサチューセッツ州ストックブリッジに転居します。その6年後に、最愛の妻メアリーが亡くなります。

1961年66歳 退職した教師であるモリーと再婚します。(教師フェチだったんですかね…)

1962年68歳 サタデー・イブニング・ポストを退職し、ルック誌に就職し、アメリカ人の関心ごとをテーマに絵を描きました。

生涯に2000点以上の作品を描きましたが、スタジオが火事で焼失しているため、現存する、完全な状態のオリジナルは極めて少ないようです。そのため、発見されオークションにかけられると、何十億という価値がつきます。スティーブン・スピルバーグ監督など、ロックウェルのファンが多いようです。

ロックウェルはポーズをとってもらい、写真撮影をしそれを見ながら描いています。ただの情景画ではなく、ユニークさを付け加えているのと、一般の実在する人を描くことでより、「分かる!」という共感を生んでいるように思います。モデルになった人は、美術館などで絵を見る度に「私がモデルなのよ」とそのときのエピソードなどを話せるのがいいですよね。

動画を見ると分かりますが、ここまで写真に忠実だったら、画像編集ソフト(フォトショップ)などで、ロックウェル風に加工とかも出来てしまうのかな?

80代のアマチュア写真家の西本喜美子さんみたいな、自撮り+フォトショップ加工で、「面白写真」という新たなことに挑戦していらっしゃる方もいるので、写真+○○で、面白いことも出来そうです。

2月3日ノーマン・ロックウェル

きっかけ:

好きなイラストレーターや画家は誰ですか?

話は変わりますが、ロックウェルの絵を見ると何故か、コーラやコーヒーを飲みたくなったり、ドーナッツが食べたくなります。コーラは広告として使われていたこともあるので、そのためかと思います。ドーナッツとコーヒーはおそらくミスタードーナッツのパッケージ(1980年から90年代くらい?)にペーター佐藤さんのパステルイラストが使われており、それがロックウェル風に見えたとか、そんな理由だと思います。

絵を見るだけで、会話が弾んだり、○○したくなる、そんな絵を描いてみたいです。

フィンランドのモダニズムの父アルヴァ・アールト

1898年2月3日~1976年5月11日 職業:建築家・都市計画家・デザイナー
出身:フィンランド

20世紀を代表する、フィンランドで国民的に知られている建築家、デザイナーとして知られています。フィンランドでは、「モダニズムの父」とも呼ばれ、椅子や机などの家具を好んで使っているご家庭も多いようです。

父親が測量技師で、一族は代々、林務官を務めていました。

大学で建築を学び、学生時代に両親の家を設計しています。卒業後に、建築事務所で働き、1年後には建築設計事務所を開設します。本名は、フーゴ・ヘンリク・アールトだったので、事務所を設立するにあたり、フィンランドの建築家リストの一番にくるように、名前をAから始まる「アルヴァ」したのが、戦略だったようです。

1年後、建築家であったアイノ・マルシオと結婚し、ハネムーンで訪れたイタリア地中海の文化に触れ、生涯にわたって、影響を受けたと言われています。

きっかけ:

旅先で影響を受けたことありましたか?それはどこでしたか?

2月3日 今日は何の日?365日のきっかけ

節分

…関連する記念日

のり巻きの日
節分に食べる恵方巻にちなんで、全国海苔貝類漁業協同組合連合会が1987年に制定しました。

大豆の日
この日が豆撒きをする節分になることが多いことから、ニチモウバイオティックスが制定しました。

いかがでしたか?

Wikipedia情報による、2月3日が誕生日である有名人や何かの記念日をヒントにして、きっかけをつくりました。

素敵な偶然に出会ったり、予想外のものを発見することをセレンディピティ(serendipity)というそうです。サイトをご覧になった方が素敵な偶然に出会えるかは分かりかねますが、行動したら何かが起こるかもしれません。

素敵な一日でありますように!