2月6日生まれの有名人と今日は何の日?*365日きっかけ誕生日プレゼント*

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2月6日生まれの皆さま、お誕生日おめでとうございます。

今日はどのように過ごしますか?

お誕生日の方、そうでない方も、今日一日ワクワクとした日を過ごしたいですよね?

そんなあなたに小さな小さなきっかけをプレゼントします。

やなせたかしの『あんぱんまん』は大人のために書かれた!?

やなせたかしさんはどんな人?

1919年2月6日~2013年10月13日 職業:漫画家・絵本作家・詩人
出身:日本(東京都)

代表作『アンパンマン』の作者です。

父親は講談社の編集者でしたが、やなせさんが生まれた翌年に転職して朝日新聞に入社し、特派員として上海に行くことになります。生まれたばかりのやなせさんと家族は上海に移住し、上海で弟が誕生、その数年後に東京に戻ることになります。

5歳のときに父親が急死し、弟は父方の伯父に引き取られ、母親が再婚を機にやなせさんも伯父に引き取られます。

小学校から高校まで高知県香美市で過ごします。中学生のときに絵に関心をもち、上京し、大学のデザイン学科に進学しました。伯父から「絵で食べることは難しい、デザインであれば、職には困らない」とアドバイスされたことが、デザインを選択した理由だったようです。

学生時代の先生の指導が素敵だなと思いました。

デザインは学校ばかりではなく、町で勉強し吸収するものだ

その教えに従い、カフェや映画鑑賞を楽しんでいたようです。

卒業後、就職したのは製薬会社の宣伝部でした。

1941年 22歳のときに徴兵され、日中戦争に出征し、暗号班に配属されます。
そのかたわらに、地元の人たちに紙芝居を作って和ませたりする活動もしました。

戦後は戦友の誘いで、ゴミ拾いの会社で働き、そのときに拾った雑誌がきっかけで、幼少期に漫画家になりたかった夢を思い出します。

1946年 27歳 高知新聞の記者に再就職し、文章、漫画、表紙などが手掛けます。

1947年 28歳 上京し三越デパートの宣伝部のグラフィックデザイナーに転身します。

一番有名なのは、猪熊弦一郎が描いた包装紙のイラストに、「mitsukoshi」というレタリングを入れたのがやなせさんです。包装紙のデザインは、期間限定で使用されるはずでしたが、50年以上、使われていました。

漫画家として

三越デパートに勤めていたときに、漫画集団に所属し、副業漫画家になります。

1953年 34歳 漫画家としての収入が本業より上回ったことをきっかけに退職し、専業漫画家として活動を始めます。「遅咲きの漫画家」とご自身で発言されていますが、90年以上の人生において早い段階で、方向性が決まっていたと思われます。

しかし専業漫画家として独立してからも紆余曲折でした。漫画業界では同世代の手塚治虫氏を始め人気作家が多数、そのなかではヒット作に恵まれませんでした。

そのうち漫画よりもイラストの仕事が多くなり、舞台装置の製作や、放送作家、作詞家などの多様な仕事もしており、「困ったときはやなせさん」という頼られる存在になります。

1960年 41歳 永六輔作 演出のミュージカル、「見上げてごらん夜の星を」の美術を担当し、このときに知り合った作曲家と組み童謡を作ります。それが「手のひらを太陽に」です。この歌詞を作ったときやなせさんが悩んでいたのは、「仕事と健康」についてだったので、それをヒントにしたようです。「仕事と健康」について悩んでいる人多いですよね。

1964年 45歳 NHKの番組「まんが学校」の講師になります。

翌年、「まんが入門」という本が刊行されました。
この本に影響された漫画家やイラストレーターは多かったようです。糸井さんも「まんが入門」を読んだことがきっかけで、一時、漫画家を目指していたことがあります。

「アンパンマン」誕生

1969年 50歳 雑誌 「PHP」に大人向けに『アンパンマン』という作品を寄稿します。

1973年 54歳『アリスのさくらんぼ』を出版

やなせさん作品のなかでは、あまり知られていない幻の作品と言われています。この物語の主人公ヤナセナカスは売れない漫画家で、「アンパンマン」の漫画企画を編集者に持ち込みますが、「不格好なヒーローは売れません」と却下されるという、自身を投影した話です。

大人向けに書かれた「アンパンマン」は話題にもなりませんでしたが、出版社から子ども向けの絵本企画が持ち込まれます。よりシンプルにし、同年に絵本「あんぱんまん」が出版されます。

出版された当初の評価はあまりよくありませんでした。批評家からは、「未就学児には難解では?」「顔を食べさせるなんて不気味」と酷評されましたが、大人たちの評価とは関係なく、幼稚園や保育園で子供たちには大人気で、注文が殺到するようになります。

1988年 69歳 絵本の「アンパンマン」の人気を受け、アニメ化されました。

テーマソングの歌詞は、やなせさんが伝えたかった言葉が込められています。

涙もろいからかもしれませんが、最近『アンパンマンマーチ』を聴くと泣けます。

晩年は病と闘いながら創作活動を続けていました。

ご当地のゆるキャラ(地域を盛り上げるキャラクター)制作を無償で引き受けていたことが、ほぼ日の対談で明かされました。

予算がないという理由で制作料を払わなかった自治体の狡猾さについて、ネット上で非難されていましたが、やなせさんは「どんなにキャリアを積んでも巨匠になってはいけない」という周りの方々の言葉を信じて、「巨匠にはならない」と決めどんな仕事も引き受けることをモットーとしていたことが、軽く見られてしまった要因だけれど自分が望んだことだから仕方ない、と思っていたようです。ご当地キャラクターを200以上作られたようです。

2月6日 やなせたかし

きっかけ:

最近、人に喜んでもらえたことは何でしたか?

関連するページ:

「箱入りじいさん」の94年。 やなせたかし×糸井重里 -ほぼ日刊イトレイ

高知県香美市立やなせたかし記念館

フランソワ・トリュフォー監督の代表作

1932年2月6日~1984年10月21日 職業:映画監督
出身:フランス

代表作:

  • 『大人は判ってくれない』
  • 『終電車』
  • 『アメリカの夜』
  • 『アントワーヌとコレット』
  • 『夜霧の恋人たち』
  • 『家庭』

レゲエの神様 ボブ・マーリー

1945年2月6日~1981年5月11日 職業:ミュージシャン
出身:ジャマイカ

「レゲエの神様」と言われているジャマイカのミュージシャンです。
ドキュメンタリー映画『ボブ・マーリー ルーツ・オブ・レジェンド』はジャマイカ独立50周年を記念して、2012年に航海されました。

きっかけ:

本日のBGMに「ボブ・マーリー」はいかがですか?

2月6日 今日は何の日?365日のきっかけ

海苔の日

701年2月6日(大宝元年1月1日)に施行された大宝律令で、29種類の海産物が租税として納められ、海苔がその1つとして表記されていることに由来し、全国海苔貝類漁業協同組合連合会が1966年に制定しました。

抹茶の日

語呂合わせ、2(ふう)6(ろ)、茶道で用いられる湯を沸かす容器を風炉(ふうろ)と言うころから、抹茶をPRするために、愛知県西尾市の製造販売を行う株式会社あいやが制定しました。

ブログの日

語呂合わせ、2(ブ)6(ロ)(グ)「ブログ」、ブログの日としてサイバーエージェントが2007年に制定しました。

いかがでしたか?

Wikipedia情報による、2月6日が誕生日である有名人や何かの記念日をヒントにして、きっかけをつくりました。

素敵な偶然に出会ったり、予想外のものを発見することをセレンディピティ(serendipity)というそうです。サイトをご覧になった方が素敵な偶然に出会えるかは分かりかねますが、行動したら何かが起こるかもしれません。

素敵な一日でありますように!