2月9日生まれの有名人と今日は何の日?*365日きっかけ誕生日プレゼント*

2月9日 夏目漱石 今日は?

2月9日生まれの皆さま、お誕生日おめでとうございます。

今日はどのように過ごしますか?

お誕生日の方、そうでない方も、ワクワクとした日を過ごしたいですよね?

そんなあなたに小さな小さなきっかけをプレゼントします。

 

夏目漱石は教師向きではなかったから作家になれた!?

夏目漱石が英語の講師をしていた際に、生徒の一人が「I love you」の一文を「我君を愛す」と訳し、それについて漱石は「日本人はそんなこと言いません。月が綺麗ですね とでもしておきなさい」と言ったという逸話があります。

「月が綺麗ですね」=もしかして告白かも?とソワソワし、相手に聞き返す流れはNHKの朝ドラ『とと姉ちゃん』でも使われていました。

それで愛の告白をする人もあまりいないと思うので、そのままの意味で「月がキレイ」を普通に使いたい派です。知識や教養を試すのに使う人もいてなんだかな…告白は伝わりやすいのがいいと思います。

 

代表作:

  • 『吾輩は猫である』
  • 『坊っちゃん』
  • 『草枕』
  • 『三四郎』
  • 『それから』
  • 『こころ』

 

夏目漱石はどんな人?

1867年2月9日~1916年12月9日 職業:小説家・評論家・英文学者
出身:日本(東京都)

 

波乱に満ちた幼少期

夏目家は江戸時代から、牛込馬場から早稲田の辺りを管理していた名主で裕福な家柄でしたが、祖父が散財し没落しかけていたようです。父親の代で、持ち直しますが、漱石が生まれたときは混乱期でした。

兄弟が多かったため、漱石は生後4ヶ月で養子にだされました。古道具屋か八百屋、どちらかは定かではありませんが、品物の横に並んで寝ている姿を見た姉が不憫に思い、実家に連れ戻します。

しかし余裕がなかったので、夏目家で書生として仕えていた奉公人の家に再度、養子にだされます。結局、養父の女性問題で家庭不和により養父母が離婚をしたあと、夏目家に戻っており、実の父母を祖父母だと思い込んでいたようです。復籍されたのは21歳のときでした。

家庭環境が落ち着かなかったため、転校を繰り返していましたが、大学予備門の受験のため、英語が必須だったので英語塾に入ります。どの教科も成績はよかったようですが、英語の成績はずば抜けていたようです。

 

英語教師

1890年 23歳 現在の東京大学の英文科に入学します。指導教授であった英文学者は、漱石の才能を見込み「方丈記」の英訳を依頼します。

1893年 26歳 卒業し様々な学校で英語教師として教鞭をとります。

1895年 28歳 松山の中学校の英語教師として赴任します。正岡子規が静養のため帰郷していたため、漱石は俳句に目覚めます。その頃、縁談が舞い込み、お見合い結婚をします。

 

NHKで『夏目漱石の妻』というドラマが放映されました。夏目漱石を長谷川博己さん、妻役を尾野真千子さんが演じています。この話は、漱石の妻、夏目鏡子著『漱石の思い出』を原案としています。

 

イギリス留学

1900年 33歳 漱石は文部省から英文学研究のために留学を命じられ渡英します。

最初は勉学に励んでいましたが、神経衰弱に陥り、下宿先を何度も変えているときに、うま味成分を発見した池田菊苗と出会い刺激を受け、研究にもう一度没頭できるようになります。

 

大学で英語教師と副業作家

1903年 36歳 帰国
帰国後は、東京大学の英文学科で講師になります。漱石の講義は生徒から不評で、前任の講師の方がいいと言われてしまったことにがっかりし、神経衰弱を再発させます。

そんなときに、正岡子規の意志を継いで『ホトトギス』を続けていた高浜虚子から、小説を書くようにアドバイスされたのがきっかけで、小説を書き始めました。

『吾輩は猫である』『倫敦塔(ロンドン塔)』『坊ちゃん』を立て続けに発表し、作家として知られるようになります。

 

専業作家としてデビュー

1907年 40歳 教師の仕事を辞め、朝日新聞に入社し職業作家として歩み始めます。東京大学の教授(エリートコース)からの転身は、当時話題になったそうです。

この時期に早稲田南町に引っ越し、住まいを「漱石山房(そうせきさんぼう)」と呼んでおり、現在は漱石山房記念館になっています。毎週木曜日に、若い作家たちが集まり交流していたようです。

1911年 44歳 文部省から博士号授与の通達がありますが、辞退したことが、波紋を呼びますが、学者であることよりも作家であることを選びました。もらえるものはもらう派ではなかったようです。

 

晩年まで神経衰弱に悩まされ、身体の調子が悪く、49歳で亡くなりました。

 

ジャムをそのまま食べるのが漱石流

漱石は大の甘党で知られており、饅頭、最中、団子、羊羹などが大好きでした。

イギリスに留学した際に下宿先でトーストにジャムを塗って食べてから、その味が忘れられず、帰国後、ジャムをスプーンですくってそのまま食べることを習慣としていました。

そのため、医者から甘いものを控えるよう注意されていました。それが原因で病気になったとは思えませんが、ジャムの瓶を持ってスプーンで掬っている漱石の姿を想像するとちょっとカワイイですね。瓶に「漱ちゃん」と名前を書いておきたくなります。

 

2月9日 夏目漱石

 

きっかけ:

好きな食べ物は何ですか?