2月13日生まれの有名人と今日は何の日?*365日きっかけ誕生日プレゼント*

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2月13日生まれの皆さま、お誕生日おめでとうございます。

今日はどのように過ごしますか?

お誕生日の方、そうでない方も、今日一日ワクワクとした日を過ごしたいですよね?

そんなあなたに小さな小さなきっかけをプレゼントします。

ジョン・ハンターの収集博物館

1728年2月13日~1793年10月16日 職業:解剖学者・外科医
出身:イギリス

2月12日生まれのチャールズ・ダーウィンが、22歳の頃に大学の恩師から紹介され、イギリス海軍の測量船に乗り、各地を巡り調査をし、1861年52歳のときに『種の起源』を発表しました。
ジョン・ハンターはそれよりも70年以上前のイギリスで、独自の方法で、動植物の起源に近づき、1万4000点以上の標本を収蔵した博物館をつくりました。

解剖学者で、実験学の父と称さることもありますが、標本の収集においては、非合法で手段を選ばないほどの執着ぶりから、ロバート・ルイス・スティーヴンソン著『ジギル博士とハイド氏』のモデルなのではないかと言われています。

コミック『解剖医ハンター』は、ジョン・ハンターをモデルに描かれています。

きっかけ:

集めているものはありますか?

江戸の娯楽プロデューサー 蔦屋重三郎

1750年2月13日~1797年5月31日 職業:版元
出身:日本(東京都)

江戸中期から後期(10代将軍 徳川家治)に活躍した蔦谷重三郎は、吉原(遊郭)で生まれたため、吉原は自分の庭のようなもので、各店のことは知り尽くしていました。

吉原大門の近くに鱗形屋という書店(出版元)があり、そこは吉原のオススメ遊女マップ(吉原細見 よしわらさいけん)を独占販売していましたが、内容が古くいまいちでした。それを知っていた蔦谷重三郎は、新しい吉原細見を作り大ヒットさせます。

最初は吉原で商いをしていましたが、33歳の頃には、日本橋に店を構えているので、地位もお金もない0からのスタートして大出世した人です。

江戸の娯楽の名プロデゥーサー

活躍していた時代は、娯楽を優遇していた老中 田沼意次から娯楽規制派の松平定信に変わり、寛政の改革が始まると、自由に表現が出来た時期から、一変して規制されるようになります。
ですがそこはアイデア勝負で、違う見せ方で展開させていきます。

例えば、吉原細見も花魁を花で表現するとか、大首絵や美人画など、人気役者から茶屋の町娘まで、プロマイド(浮世絵)が販売されると、幕府から人物の名前を入れることが禁止されます。その対処の仕方は、文字を入れずに絵(判じ絵)で誰か分かるように示すなど、見る人が想像をかき立てるしかけです。

歌麿の才能発見、他に引き抜かれ、写楽を世にだす

面倒見がよく、山東京伝や喜多川歌麿、写楽、曲亭馬琴、十返舎一句など、浮世絵師や戯作者を世に送り出したことでも知られています。

写楽については、あまりよく分かっていません。山東京伝説もあるし、売れない歌舞伎役者という説や複数人の絵師がいて、写楽として発表していた説とか。

書店TSUTAYAは、蔦谷重三郎に由来します。創業者が、蔦谷重三郎の子孫というわけではありません。

きっかけ:

集めているものを編集して、誰かにその魅力を伝えてみましょう。

児童文学作家 エリナー・ファージョン

1881年2月13日~1965年6月5日 職業:児童文学作家・詩人
出身:イギリス

代表作:

  • 『リンゴ畑のマーティン・ピピン』
  • 『年とったばあやのお話かご』
  • 『ムギと王さま』
  • 『マローンおばさん』

イラストが素敵なデザイナー早川良雄

1917年2月13日 ~2009年3月28日 職業:グラフィックデザイナー
出身:日本(大阪府)

デザイナーという言葉も定着していなかった頃の昭和の前半から活躍したグラフィックデザイナーです。『女の顔』『形状』シリーズなど、シリーズ化された百貨店のポスターなどを手掛けていらしたようですが、そのイラストが素敵です。

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時代を感じさせない『女の顔』シリーズ、描く女性を変えれば、同じものは1枚も出来ませんが、手法を変えていたり、左右で色が違っていたり、面白いです。

日本初のファンタジー小説家 佐藤さとる

1928年2月13日〜2017年2月9日 職業:児童文学作家
出身:日本(神奈川県)

代表作:

  • 『だれも知らない小さな国』コロボックルシリーズ
  • 『おおきなきがほしい』
  • 『宇宙からきたかんづめ』
  • 『かぜにもらったゆめ』
  • 『てのひら島はどこにある』

幼少の頃に『イソップ物語』や『アンデルセン童話』『グリム童話』などを読んで育ちました。北海道出身の祖母からアイヌの伝承(コロポクンクル ふきの葉の下の人)の話を聞いており、妖精に興味があり、本気で妖精を探していたこともあるそうです。

また子どもの頃から、小さなものが好きで、小さなものを収集していたそうです。小さければ小さいほど、大切に思えるという理由だったようですが、妖精もその小さなものへの愛着に関係がありそうです。

空想する癖

1940年 12歳 双子の姉の一人を病気で亡くし、数か月後に末の妹が亡くなり、14歳で父親が戦死、10代前半に身近な人たちを亡くしたことが、一人で空想にふける習慣がついたきっかけだったとおっしゃっています。

16歳の頃、童話作家になりたいと友人に宣言します。

戦後、大学で建築学科に受験し合格、学びながら合間に童話を書き始めます。

卒業後、市役所に就職しますが、職場が合わなかったことから、中学校の数学教師として働きます。

22歳 仲間とともに同人誌を創刊します。

24歳 出版社の編集部に勤務し、原稿の印刷の版を作るために、丸写しする作業から文章力がついたようです。

26歳 大手の出版社に転職します。
編集者時代は、小説家としては駆け出して知られていなかった瀬戸内寂聴さんの編集担当もされていたようです。

1959年 31歳のときに、『だれも知らない小さな国』を自費出版します。仕事をしながらの執筆活動だったので、肺結核にかかり療養します。
講談社から正式に出版され、児童文学新人賞、国際アンデルセン賞国内賞などを受賞します。

着想は夏目漱石の俳句など

『だれも知らない小さな国』の着想になったのは、夏目漱石の俳句からでした。

「スミレ程な小さき人に生れたし」

夏目漱石はイギリスに留学していたこともあるので、これは妖精のことではないか!と思った佐藤さんは、詩のイメージの妖精を描きます。そして、「クルクル」という名前をつけました。その絵が小説の原点になります。

大好きな妖精よりも、もう少し日本に馴染み深いものを考え、幼少期に祖母が聞かせてくれたアイヌの伝承「コロポクンクル」から、コロボックルという造語をつくります。

コロボックルは和製妖精として、一寸法師を参考に3cm程度、世界で一番小さな小人をイメージしたそうです。

自費出版された1959年は、高度経済成長期で、開発のために自然が失われていった時代でもあり、ファンタジーのなかにリアリティーを融合したこの作品は、日本初のファンタジー小説と言われています。

佐藤さとるさんの本の挿絵はほぼ村上勉さんが担当されています。

コロボックルシリーズの続編

作家の有川浩さんは小学生の頃に読んだ、コロボックルシリーズが作家人生の原点だったことから、2011年に対談した際に有川さんに「続きを書いてみたら?」という提案をしたことから、『コロボックル絵物語』という続編が刊行されました。

2月13日 佐藤さとる

きっかけ:

小さなものへの愛着はありますか?

関連するページ:佐藤さとる公式Webサイト

2月13日 今日は何の日?365日のきっかけ

字制定記念日/名字の日

1875年2月13日に、明治政府が平民苗字必称義務令という太政官布告を出し、すべての国民に姓を名乗ることを義務づけたことに由来します。

いかがでしたか?

Wikipedia情報による、2月13日が誕生日である有名人や何かの記念日をヒントにして、きっかけをつくりました。

素敵な偶然に出会ったり、予想外のものを発見することをセレンディピティ(serendipity)というそうです。サイトをご覧になった方が素敵な偶然に出会えるかは分かりかねますが、行動したら何かが起こるかもしれません。

素敵な一日でありますように!