2月23日生まれの有名人と今日は何の日?*365日きっかけ誕生日プレゼント*

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2月23日生まれの皆さま、お誕生日おめでとうございます。

今日はどのように過ごしますか?

お誕生日の方、そうでない方も、今日一日ワクワクとした日を過ごしたいですよね?

そんなあなたに小さな小さなきっかけをプレゼントします。

ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデルの代表曲

ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデルはどんな人?

1685年2月23日~1759年4月14日 職業:作曲家
出身:ドイツ

代表曲:

  • オペラ 『リナルド~私を泣かせてください~』
  • オペラ『セルセ ~オンブラマイフ(orラルゴ)~』
  • オラトリオ『メサイア』
  • オラトリオ『マカベウスのユダ ~見よ、勇者は帰る~』※
  • 管弦楽曲 『水上の音楽』
  • 器楽曲 ハープシコード組曲『ホ長調HWV430~調子のよい鍛冶屋~』
  • 器楽曲 ハープシコード組曲『二短調HWV437~サラバンド~』

※オラトリオ『マカベウスのユダ ~見よ、勇者は帰る~』は、讃美歌 『よろこべやたたえよや』になっています。

クリスマスキャロル『もろびとこぞりて』は、ヘンデルのオラトリオ『メサイア』の旋律を抜き出して編曲されています。

『G線上のアリア』や『小フーガ』を作曲したJ.S.バッハ(1685年3月31日)はヘンデルと同じ年に生まれ、出身も同じドイツです。同時代に活躍しています。

バッハは音楽一家だったのに対し、ヘンデルの父親は宮廷医師でした。
ヘンデルは幼少の頃から音楽の才能に恵まれていましたが、父親は息子には法律家になって欲しいという思いがあり、音楽家になることを反対しました。

ヘンデルが住んでいた土地の領主が、援助してくれたので、音楽の勉強は続けられましたが、父親の意向に従い大学で法律の勉強をしています。音楽家になることを諦めることが出来ず、父親の反対を押し切って音楽の道に進むことを決意し、教会で音楽教育を受け、オルガニストとして活躍しました。

17歳 作曲活動も始め、オペラを作曲し発表しました。ヘンデルがいた、ハンブルグでは音楽の幅を広げることは出来ないと、21歳でドイツからイタリアに渡り、各地を巡りイタリアオペラに触れます。

27歳 ロンドンに移住し、15年後の42歳のときに帰化します。

66歳 左目の視力を失い、右目の視力もほぼ見えない状態になり、1年後には完全に失明してしまったために、作曲活動は出来なくなります。視力回復手術を受けるも失敗し、74歳で亡くなりました。

ヘンデルはドイツを始めイタリア、イギリスと移動しながら、音楽活動をしたのに、J.S.バッハは生涯、生地から離れることがなく、宮廷と教会の音楽家として過ごしています。ヘンデルは独身であったのに対し、バッハは2度の結婚で、20人の子ども(11男9女)がいました。(成人したのはそのうちの10人以下)

きっかけ:

会ってみたい人は誰ですか?

バッハはヘンデルに会いたいということを伝えていますが、ヘンデルの都合が悪く、一度も会うことはなかったようです。交通手段もない時代に、ちょっと会うだけでも、手紙のやり取りをして、日時などを決めないといけないので、なかなか難しそうですね。

ヒトラーもエーリッヒ・ケストナーには手を出せなかった!?

エーリッヒ・ケストナーはどんな人?
1899年2月23日~1974年7月29日 職業:詩人・作家
出身:ドイツ

代表作:

  • 『ふたりのロッテ』
  • 『飛ぶ教室』
  • 『エーミールと探偵たち』
  • 『点子ちゃんとアントン』
  • 『人生処方詩集』
  • 『ファービアン』

映画化されたのは、『エーミールと探偵たち』『ふたりのロッテ』『点子ちゃんとアントン』です。『ふたりのロッテ』はお芝居やアニメ化もされています。

父親は腕のいい皮革職人でしたが、経営には全く向いていなかったこと、工業化が進み、労働者として働かざるを得ない状態になります。賃金が低かったため、ケストナー家は貧しかったようです。エーリッヒは一人息子で、息子を溺愛した母イーダは息子が学ぶために、美容師の免許をとり自宅で開業します。

14歳 ケストナーは学校の先生に憧れていたので、教師養成専門学校(中高一貫校)を受験し、入学します。あるとき、母親が病気にかかり、学校の校則を破りお見舞いに行ったことが、学校に知られてしまい罰せられます。このことがきっかけになり、学校は絶対的な存在なのか疑問に持ち、先生になるという幼少期からの夢が揺らぎます。

18歳 第一次世界大戦で召集されますが、命令に服従しなければならない軍隊に反発を抱きます。20歳で高校卒業資格を取得し奨学金を得て、大学に進学します。大学に通いながら新聞社で働き、詩を発表しました。26歳で大学を卒業します。

在学中から新聞社に勤めていたので、卒業後、新聞記者として働きながら詩を発表します。

28歳 書いた記事が問題になり解雇され、ベルリンに定住します。

29歳 子ども向けの小説『エーミールと探偵たち』を発表し、それが好評になり、次々と子どものための小説を手掛けます。

34歳 『飛ぶ教室』が刊行されます。本が出版されたのは1933年、戦時下だったので、ケストナーの作品他、反ナチスの作家とみなされた作家は、執筆を禁止され、図書館でも閲覧禁止、本を燃やされてしまいます。命の危険もあると感じた周囲の人たちに亡命を勧められましたが、それでもベルリンから離れることはなかったようです。

35歳 ナチスによって創作活動を制限されていましたが、外貨獲得のために、国外出版に限り、刊行許されます。

44歳 1943年にドイツで公開された映画『ミュンヒハウゼン』※(邦題『ほら男爵の冒険』)の制作にケストナーが関わっていることに激怒したヒトラーは、ケストナーの執筆活動を禁止します。

…余談

※ミュンヒハウゼンは実在の人物で、18世紀のドイツ貴族(男爵)です。本名は、カール・フリードリッヒ・ヒエロニュムス男爵と言い、好きなことが自分の体験談を面白く人に話すことでした。その話が面白いので、内容を記録して無断で出版した人がおり、その本が話題になります。それが後に「ほら吹き男爵の冒険」と呼ばれるようになったようです。

誇張して、周囲の関心を惹くように話を作ったりすることをほら吹きと言ったりしますが、病気を装ったりする精神疾患を、ミュンヒハウゼン症候群と言うのも、この男爵の名前に由来します。

51歳 戦後の1950年、「ふたりのロッテ」を発表し映画化されました。

1950年代から、ドイツ国内の東西の経済格差が激しく、東ドイツ(貧)から西ドイツ(豊)に渡る人を完全に阻止するために1961年にベルリンの壁が設置されます。
東西でもめていたとき、母イーダはドレスデン(東ドイツ)にいたため、ケストナーとは離れ離れになってしまいます。東ドイツ政府は、ケストナーが反ナチスを貫いたことを評価し、イーダに関しては手厚く保護したと言われています。

52歳 西ドイツの初代ペンクラブ会長に選ばれます。この年に母イーダが亡くなります。

ケストナーは生涯独身でしたが、ルイーゼロッテという女性と長きに渡り、同棲しており、内縁関係だったそうです。この女性の名前は、『ふたりのロッテ』の双子の姉妹の名前(ルイーゼとロッテ)に使われています。

人や社会に迎合しない、自分の意見を曲げない人だったと思いますが、戦時下において命の危険があったときでも、それが変わらないことがすごいですよね?

一説によると、父方のユダヤ系の血筋を引いていた(母親が医者と不倫して、その間に生まれた説もある)けれど、自分はドイツ人であると言い続け、亡命を拒否したこと、ナチスによって著書が燃やされる(焚書)の対象になった際に、自分の本が焼かれるところを見に行った、大衆に支持されている人気作家だったため、反発を恐れヒトラーは手出しが出来なかった、などのエピソードがあります。

そんなケストナーが言ったとされる言葉にこんなものがあります。

賢さの伴わない勇気は不法です。勇気の伴わない賢さは、くだらんものです。世界史にはバカな人々が勇ましかったり、賢い人々が臆病だったりした時が、いくらもあります。それは正しいことではありませんでした。

2月23日エーリッヒ・ケストナー

きっかけ:

自分が双子だったら?双子の人は三つ子だったら?

マイケル・デル

1965年2月23日  職業:実業家
出身:アメリカ

ダコタ・ファニング出演の映画作品

1994年2月23日  職業:女優
出身:アメリカ

代表作:

  • 『少女が大人に変わる夏』
  • 『17歳のエンディングノート』
  • 『トワイライト』シリーズ
  • 『シャーロットのおくりもの』
  • 『メラニーは行く!』
  • 『アイ・アム・サム』

2月23日 今日は何の日?365日のきっかけ

税理士記念日

1942年2月23日に「税理士法」の前身である「税務代理士法」が制定されたことを記念して、日本税理士会連合会が1969年に制定されました。

ふろしきの日

語呂合わせ、2(つ)2(つ)3(み)「包み」と読めることから、京都ふろしき会が制定しました。

いかがでしたか?

Wikipedia情報による、2月23日が誕生日である有名人や何かの記念日をヒントにして、きっかけをつくりました。

素敵な偶然に出会ったり、予想外のものを発見することをセレンディピティ(serendipity)というそうです。サイトをご覧になった方が素敵な偶然に出会えるかは分かりかねますが、行動したら何かが起こるかもしれません。

素敵な一日でありますように!