2月26日生まれの有名人と今日は何の日?*365日きっかけ誕生日プレゼント*

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2月26日生まれの皆さま、お誕生日おめでとうございます。

今日はどのように過ごしますか?

お誕生日の方、そうでない方も、今日一日ワクワクとした日を過ごしたいですよね?

そんなあなたに小さな小さなきっかけをプレゼントします。

ユーゴーは売れ行きが気になり「?」を送る

ヴィクトル・ユーゴーはどんな人?

1802年2月26日~1885年5月22日 職業:詩人・小説家
出身:フランス

代表作:

  • 『レ・ミゼラブル』
  • 『笑う男』
  • 『ノートルダム・ド・パリ』

上記3本は映画化されており、『ノートルダム・ド・パリ』は、ディズニー映画『ノートルダムの鐘』でアニメーション化されています。

父親は軍人、母親は資産家の娘、3人兄弟の末っ子として生まれます。ナポレオン主義である父親と王党派の母親の間は、政治思想による確執があり、夫婦間の不和により、生まれたときから父親がいない生活が普通でした。

次兄とともに寄宿学校に入学し、在学中から詩を創作し、コンクールで1位をとったりと、その頃から文学の道がみえていたようです。

幼馴染のアデールと恋人関係になりますが、母親とアデールの両親は結婚に反対していました。19歳のときにユーゴーの母親が突然死し、反対するのはアデールの両親だけだったので、説得し続け結婚します。

21歳 長男が誕生しますが、3か月後に亡くなり、翌年長女が誕生します。長男の名前がレオポールだったので、長女にはレオポルディーヌと命名します。

23歳 (世襲制で)レジオンドヌール勲章(騎士・5等)が授与されます。称号がもらえる&年金が支給されます。23歳にして年金生活者ということですかね…?
疎遠だった父親との関係が再開し、父親が尊敬してやまないナポレオンを讃える詩を創作したことで、ナポレオンを尊敬するようになります。また、フランスで行われたシャルル10世の聖別式にウィリアム・シェイクスピアの詩のフランス語訳を耳にしたことで、シェイクスピアにもはまります。

24歳 次男シャルル誕生、父親が他界

25歳 三男フランソワ誕生

26歳 次女アデール誕生

…余談
フランソワ・トリュフォー監督作品『アデルの恋の物語』は、次女アデールをモデルにした映画です。

30歳~

詩や小説、戯曲などを発表し、詩人や作家としての名声を手にし、4人の子どもに恵まれていましたが、妻アデールがユーゴーの親友の作家と恋に落ちます。ユーゴーもその後、女優と不倫関係にあったので、お互い様です。

41歳~

19歳になった長女レオポルディーヌが結婚をし、新生活が始まるかというときに、若夫妻はセーヌ川の事故で溺死します。

長女を失った悲しみから、さらに複数の女性と恋愛関係になり、画家のオーギュスト・ビヤールの妻との関係は大ごとになります。姦通罪で捕まり、ユーゴーは、自分がもっている特権で釈放されますが、ビヤールの妻は収監されます。ビヤールに仕事を紹介して、ビヤールの妻の刑が軽くなるよう裏工作をしたりしています。

こういう生活を送っているなかで、代表作の『レ・ミゼラブル』を執筆しています。

43歳~

子爵の位が授けられ貴族になったので、政治活動に身をおくようになります。

ユーゴーはもともとナポレオンの支持者ではありましたが、ナポレオンの独裁政治が始まると反対派になります。ナポレオンがクーデターを起こすと、反対派への弾圧が始まり、ベルギーに亡命し19年も亡命生活を送ることになります。

60歳 『レ・ミゼラブル』がベルギーで出版され、大反響を巻き起こします。

有名な最短の手紙の話はよく知られていると思います。『レ・ミゼラブル』が出版された直後、本の売れ行きが心配だったユーゴーは出版社に「?」と書いた手紙を送ったというエピソードがあります。それに対して出版社の返信は売れています!という意味で「!」と返しているのですが、洒落た返しですね。

現代の顔文字やスタンプのやり取りに共通するものがありますよね?150年くらい前に記号メッセージのやりとりがあったという話にセンスいいなぁと思いました。

68歳 1870年に普仏戦争が勃発し、セダンの戦いでナポレオン3世は失脚、フランスは大敗北し、これによりユーゴーは19年ぶりに故郷のフランスに帰国します。

83歳 亡くなりました。

きっかけ:

1文字メッセージを送ってみよう。

ヴィンテージジーンズの価値はゴールド以上!?

近年、ゴールドラッシュ時代の古いヴィンテージジーンズを集める人たちがいます。希少性もあり、歴史的価値もあり高値で売買されるようです。コレクターのために、ヴィンテージジーンズを探し求め全米各地の鉱山跡や廃屋をまわるジーンズハンターを職業にされている方が数人いらっしゃるそうです。専業でされているのは極僅かで、副業でされている方はもう少しいるのかもしれません。

ゴールドラッシュ時代に一攫千金を求めた人たちは、ジーンズは作業着でしかなかったのに、今やそのジーンズがゴールドと同じ?(グラムで考えると)それ以上の価値になっている現象が不思議で興味深いです。

リーヴァイ・ストラウスはどんな人?

1829年2月26日~1902年9月26日 職業:リーヴァイス創業者
出身:ドイツ

ジーンズメーカー「リーヴァイス」の創業者です。

本名、レープシュトラウスはドイツで生まれます。父親は織物の行商人をしていましたが、レープが16歳のときに亡くなります。18歳のときに、母と姉2人、ニューヨークに旅立ちました。

義理の兄2人が織物の卸事業をしていたので、レープはその手伝いを始めます。アメリカに移住して、24歳で正式にアメリカ市民になり、名前が英語読みでリーヴァイになります。

1848年からカルフォルニアでゴールドラッシュが起こり、商業の中心である、西海岸で、織物の事業を開設することに決め、織物商と結婚した姉の一家と合流して、一緒に事業を展開していきました。

1853年~

義理の兄たちから、衣類や寝具などを卸してもらい、金鉱で働く労働者たちに販売します。金鉱で働く人々の声を聞き、キャンバス地の丈夫な作業服を商品化することにしました。その後、素材はデニム生地に変更され、色がインディゴブルーが取り入れられます。

1873年5月20日

ポケットをひっかけて破れるという声を聞き、パンツの耐久性を高めるための工夫を重ねていたときに、リーバイス・ストラウスカンパニーと取引のあった仕立て屋が、リベット(金具)で補強するというアイデアを思いつきます。

「ポケットの補強にリベットを使用するという」特許を取得し、今のカタチのジーンズが誕生しました。

1902年 リーバイ・ストラウス死去

1908年 日本をはじめ世界各国で、リーバイスのロゴが商標登録されます。

初期のロゴは2頭の馬が互いにジーンズを引っ張って破れない、丈夫さを表している

1915年 工場で流れ作業になるシステムを導入し大量生産が可能になります。

1918年 女性向けの商品が販売されました。

1950年代~

映画俳優、マーロン・ブランド、ジェームス・ディーンなどが着用したことで、若者に広まっていきました。

きっかけ:

ジーンズどのくらいの頻度で洗ってますか?

与謝野鉄幹

1873年2月26日~1935年3月26日 職業:詩人
出身:日本(京都)

岡本太郎「自分のなかに孤独を抱け」

1911年2月26日 ~1996年1月7日 職業:芸術家
出身:日本(神奈川県)

幼少の頃より絵を描くのが好きでしたが、中学校に入った頃から、「何のために描くのか?」という疑問が湧き、画家になることを迷いながら、美術学校へ進学します。

漫画家であった父親は、朝日新聞の特派員としてロンドンに取材に行くことになり、19歳のときに大学を休学して家族でヨーロッパに渡ります。

以降、10年間パリで過ごしています。

フランス語を学ぶために、パリの寄宿舎で生活し、語学習得の傍らにパリ大学で美学を学び、中学生時代に疑問に感じた「何のために絵を描くのか?」という問いに向き合います。

21歳 両親が先に帰国します。2年後、母親が日本で亡くなった知らせを受けます。

何のために絵を描くのか、何度も自答していたある日、たまたま立ち寄った画廊で、ピカソの作品を見て衝撃を覚えます。それからは、ピカソを超える芸術家になることを目標に絵画制作に没頭します。

パリ在住中に、カメラマンのゲルタ・ポホリレ(ロバート・キャパのパートナー)と出会ったことで、ゲルダ・タローというハンドルネームを使うようになったと言われています。カメラが故障してしまい岡本太郎から借りたことをきっかけに親しくなったようです。

1940年 29歳 ドイツ軍がパリを侵攻したため、戦乱を避けるために帰国します。
帰国後は展覧会に作品を出品、個展を開催します。

1942年 31歳 太平洋戦争のために招集され、中国へ出征します。
終戦後、自宅も作品も消失し、再びアトリエを構え制作に励みます。

1951年 40歳 東京国立美術館で縄文火焔土器(かえんどき)の展示会を見て、衝撃を覚え、日本美術史は縄文時代から始まると雑誌で語ります。

1964年に開催された東京オリンピックのメダル(表面)のデザインを担当しています。裏面は田中一光氏です。


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1960年代後半 50代後半 メキシコに滞在し、壁画に触れ、影響を受けます。

1970年に開催された大阪万博のモニュメント「太陽の塔」※と同時期に制作された壮大な壁画は、京王井の頭線の渋谷駅とJR渋谷駅を結ぶ連絡通路(マークシティ内)に展示されているので、見たことがある方も多いかもしれません。

この作品は「明日の神話」というタイトルで、メキシコにホテルを建設するというオーナーからの依頼を受け、1968~69年の間に制作されましたが、オーナーの経営状況が悪化しホテルは未完成、作品は行方不明でした。

34年後、メキシコ郊外の資材置き場で発見されます。30年以上、放置されていたため損傷が激しく、修復のために秘書で養女になった敏子さんを中心に、プロジェクトメンバーを募り、3年の修復を経て、2008年に渋谷駅の通路に設置されました。

※大阪府が「太陽の塔」を世界遺産登録することを目指しているので、将来的に世界遺産になることもあるかもしれません。

晩年まで精力的に創り続け84歳で亡くなりました。

近年、著書が再出版されており、キーワードとしてタイトルに「孤独」とついた本が目立ちます。生涯独身であったことも関係するかもしれませんが、繫がっていないと不安という人へのメッセージとして、再注目されているように見受けられます。

著書代表作:

  • 『自分の中に毒を持て』
  • 『自分の中に孤独を抱け』
  • 『孤独がきみを強くする』
  • 『原色の呪文 現代の芸術精神』
  • 『美しく怒れ』
  • 『ドキドキしちゃう―岡本太郎の“書”』

岡本太郎氏について調べているときに見つけた記事がとてもよかったので、お時間があったら是非、読んでみてください。

見る者を元気にする「熱量」が持つ価値

芸術活動と言えば絵画や彫刻、クラシック音楽など堅苦しいイメージが強いが、「芸術は爆発だ」で知られる岡本太郎は「芸術の形式には固定した約束はない。技術の進歩に応じて時代毎に常に新鮮な表現をつくっていくべきである」と主張していた。

岡本太郎は「あなたの職業は何か」と聞かれた際に「人間だ」と答えたように、今後人間自体が芸術作品になる時代が来るのではないだろうか。

心を伝えあおうと想像力を働かせてコミュニケーションするという芸術の特質を化体したのは人間だからだ。そうなれば芸術家にはある程度の基礎技術が必要だが、何より重要なのは「熱量」ではないだろうか。アウトプットを目的とせずにひたすら没頭することが大事になってくる。

2月26日 岡本太郎

きっかけ:

縄文土器の魅力に触れてみよう。

近年、縄文土器クッキーやチョコ、カップヌードル用縄文土器、五輪の聖火台に縄文土器をデザインにしたら?という要望など、楽しみ方もユニークで面白いと思います。

NHKびじゅチューン 縄文土器先生

関連するページ:

東京都港区 岡本太郎記念館

神奈川県川崎市岡本太郎美術館

2月26日 今日は何の日?365日のきっかけ

脱出の日

1815年2月26日、エルバ島に流刑されていたナポレオン・ボナパルトが島を脱出してパリに向かったことに因みます。

包むの日

語呂合わせ 2(つ)2(つ)6(む)「包みの日」2014年、東興資材工業が包装の利便性を知ってもらうために、制定した。

いかがでしたか?

Wikipedia情報による、2月26日が誕生日である有名人や何かの記念日をヒントにして、きっかけをつくりました。

素敵な偶然に出会ったり、予想外のものを発見することをセレンディピティ(serendipity)というそうです。サイトをご覧になった方が素敵な偶然に出会えるかは分かりかねますが、行動したら何かが起こるかもしれません。

素敵な一日でありますように!