3月6日生まれの有名人と今日は何の日?*365日きっかけ誕生日プレゼント*

3月6日 ミケランジェロ・ブオナローティ 誕生日&何の日?

3月6日生まれの皆さま、お誕生日おめでとうございます。

今日はどのように過ごしますか?

お誕生日の方、そうでない方も、今日一日ワクワクとした日を過ごしたいですよね?

そんなあなたに小さな小さなきっかけをプレゼントします。

 

ミケランジェロのダヴィデ像は男性の理想の身体!?

ライザップなどのスポーツ施設や、健康器具、サプリメントのCMで「理想の身体をつくりましょう」などのキャッチコピーを見ることが多いですよね?理想の身体って何でしょう。

ダビデ像のような身体になりたいとか、イメージするものがあるということですかね?

ダビデ像の体脂肪はどのくらいなのか、体脂肪計のタニタが算出したところ、体脂肪率は10.5%でした。ボディービルダーや陸上選手(長距離・短距離)は1桁台が理想と言われていますが、それよりは少し高い、バスケットやサッカー選手と同じくらいの体脂肪率だそうです。

近年、美術館の展示でも肉体美に特化したディレクションが目立ちます。健康に対する関心の高さが反映しているようです。もしかしたら、彫刻や絵のなかに、理想とする肉体が存在するかもしれません。

 

ミケランジェロ・ブオナローティはどんな人?

1475年3月6日~1564年2月18日 職業:彫刻家・画家・建築家・詩人
出身:イタリア

代表作:

  • 『システィーナ礼拝堂天井画』
  • 『ダビデ像』
  • 『アダムの創造』
  • 『ピエタ』

ミケランジェロ家は、代々フィレンツェで銀行業を営んでいましたが、父親の代に経営に失敗し、政府の臨時職員(小さな町の判事)をして生計をたてていました。母親はミケランジェロが6歳のときに亡くなっています。

物心ついたときには、父親は大理石採石場と小さな農園を運営しており、石工と共に生活していたため、ノミと金槌で石を砕く様子は身近であり、使い方はよく見ていたようです。

父親はミケランジェロに学問を勧めましたが、興味を示さず、13歳のときに画家に弟子入りをし、14歳で独立しました。

 

メディチ家との関係

メディチ家の庇護のもと、メディチ家が創設したアカデミーに参加したり、彫刻を学んだり、人文主義者や詩人のサークルに参加して交流したりしながら、作品を制作していました。

17歳のときに、ミケランジェロの後援者であるロレンツォ・デ・メディチが亡くなったことで、父親のもとに戻り、修道院の奉献用に木像を制作しています。ロレンツォ・デ・メディチで後継者から依頼が舞い込み、再びメディチ家と関わることになります。しかし同年にはメディチ家排斥運動が起こり、フィレンツェから追放されるという政変が起きています。

 

フィレンツェからローマへ

数年で政変は落ち着きますが、メディチ家不在のフィレンツェ政府は財力がないため注文が入らず、結局はフィレンツェの外にいるメディチ家の庇護を頼らざるを得なかったようです。

古代ローマ遺跡から発掘されたような彫刻を作れば、高値で売れるのではないか?と本流ではない分家のメディチ家からの注文で、彫刻を制作します。悪いことを考える人は昔から普通にいたんですね。

彫刻作品を買った枢機卿は作品が、古代ローマの遺跡から発掘されたものではないことを見抜きますが、その出来栄えに感銘を受け、ミケランジェロをローマに招きます。

22歳 フランス大使から代表作である『ピエタ』の制作を打診され、翌年に正式な契約を交わしています。

 

ダヴィデ像とシスティーナ礼拝堂 

24歳~26歳 フィレンツェ共和国になったのを機にフィレンツェに戻り、宮殿に面した広場に「フィレンツェの自主性」を象徴する彫刻を制作して欲しいという依頼を受け制作します。これが代表作であるダヴィデ像で、ミケランジェロが29歳の頃の作品です。

35歳 新任のローマ教皇からローマに呼び戻され、教皇の死後に納められる霊廟の制作を命じられます。教皇の後援を受けられたことはよかったことですが、依頼主のユリウス2世(自分の霊廟)以外にも、歴代の教皇の霊廟など、次々と制作を命じられたため、ユリウス2世の霊廟が完成するのは40年かかりました。この無茶ぶりの仕事のほかに、システィーナ礼拝堂の天井制作までお願いされます。

 

ラファエロとの関わり

彫刻家なのにフレスコ画を描くの?ミケランジェロにとって納得のいかない依頼でしたが、一説によると同時代に活躍したラファエロやドナト・ブラマンテから推薦されたようです。

ラファエロは、ユリウス2世のお気に入りの画家でミケランジェロよりも8歳年下、フレスコ画の第一人者でした。50名以上の弟子や助手を率いる工房を持っていたという説もあり、引き受けるのは難しくはなかったと思われます。ですが、37歳で亡くなっている&肖像画の風貌は軟弱そうなので、体力に自信がなかったのかなというのは勝手な想像です。

ラファエロはミケランジェロに好意的?挑戦的?だと思われるのは、ラファエロの『アテネの学堂』という作品のなかで、ミケランジェロを描いています。ラファエロは、ダ・ヴィンチのもとで学んでいるので、師匠にライバル心を燃やす&ダ・ヴィンチも意識していたミケランジェロに関心が非常にあったと言えそうです。個人的には、嫌いな人を絵のなかには入れられないな…

 

嫌いな人の扱い方

そうでもないこともあるかも…?ミケランジェロの場合

システィーナ礼拝堂のモチーフは創世記のエピソードをもとに描かれていますが、裸体を批判した法王庁の儀典監督を「最後の審判」のなかに登場させ、陰部をヘビに噛ませるという屈辱を与える、反発をしています。

これを見た監督官は、ひどい!と教皇に直訴しますが、「地獄のことは私には関係のないことだ」とあしらわれたというのは、本当のことかは分かりませんが、絵が残っているので、事実かもしれません。後に天井画に描かれた人物に衣が追加されたというエピソードもあります。

 

ミケランジェロの素顔!?

ミケランジェロはちょっと性格に問題があり、17歳のときにメディチ家の後援で学んでいた3歳上の彫刻家の作品をけなして、顔を殴られ、鼻の骨が曲がってしまい、顔にコンプレックスがあったようです。

また、25歳年上のレオナルド・ダ・ヴィンチについては、挑発し続けています。ダ・ヴィンチもむきになって頑張ってしまうところがカワイイですね。

ミケランジェロの私生活は非常に慎ましやかで、身なりに無関心、人付き合いをさけて引きこもるタイプでした。88歳まで長生きしているので、その生涯は、ほとんど制作のために費やされた、孤高の芸術家と言えそうです。

同時代に活躍した画家、ダ・ヴィンチは67歳、ラファエロは37歳で亡くなっているので、もとから備わっている生命力が異なるのか?食べるものにも秘密がありそうです。見つかったミケランジェロの使用人のお買いものリストから、しっかり食べていたということが分かっています。

ひきこもりタイプではありましたが、ミケランジェロが書いたとされている300以上の詩からは情熱的な一面も伺えます。

 

 

3月6日 ミケランジェロ・ブオナローティ

 

きっかけ:

理想する体型の持ち主は誰ですか?

 

 

あまり関係ないけど…見たい映画

2014年に公開された映画『ミケランジェロ・プロジェクト』は、書籍『ナチ略奪美術品を救え 特殊部隊「モニュメンツ・メン」の戦争』を原作としており、実話です。ミケランジェロ「聖母子像」含む、歴史的名画などが登場します。

ジョージ・クルーニー、マッド・デイモン、ビル・マーレイ、ケイト・ブランシェットといった豪華なキャストですが、あまり話題にはならなかった作品です。

 

宮本輝の著作

1947年3月6日  職業:小説家
出身:日本(兵庫県)

代表作:

  • 『錦繍』
  • 『蛍川・泥の河』
  • 『田園発 港行き自転車』
  • 『水のカタチ』
  • 『星宿海への道』

 

重松清の著作

1963年3月6日  職業:作家
出身:日本(岡山県)

 

代表作:

  • 『きみの友だち』
  • 『きよしこ』
  • 『その日のまえに』
  • 『とんび』
  • 『エイジ』

 

3月6日 今日は何の日?365日のきっかけ

世界一周記念日

1967年3月6日、日本航空が世界一周西回り路線が営業を開始したことに因みます。

弟の日

畑田国男が制定しました。兄の日は6月6日、妹の日は9月6日、姉の日は12月6日です。

スポーツ新聞の日

1946年3月6日、日本初のスポーツ新聞『日刊スポーツ』が創刊されたことに由来します。

エステティックサロンの日

「消費者にエステティックをより身近な存在として感じていただくこと」を目的に、3月6日を『エステティックサロンの日』として一般社団法人日本記念日協会に認定しました。

 

 

いかがでしたか?

Wikipedia情報による、3月6日が誕生日である有名人や何かの記念日をヒントにして、きっかけをつくりました。

素敵な偶然に出会ったり、予想外のものを発見することをセレンディピティ(serendipity)というそうです。サイトをご覧になった方が素敵な偶然に出会えるかは分かりかねますが、行動したら何かが起こるかもしれません。

素敵な一日でありますように!