3月31日生まれの有名人と今日は何の日?*365日きっかけ誕生日プレゼント*

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3月31日生まれの皆さま、お誕生日おめでとうございます。

今日はどのように過ごしますか?

お誕生日の方、そうでない方も、今日一日ワクワクとした日を過ごしたいですよね?

そんなあなたに小さな小さなきっかけをプレゼントします。

ルネ・デカルトの哲学「我思う、ゆえに我あり」

近年のネット上の発言や記事は、注目を集めたものが正しい、確信がある、信ぴょう性があるというイメージが強いかと思います。

それがデカルトに何の関係がある?と思うかもしれません。デカルトは、すべてについて疑うべしと言っています。その疑う方法として、以下の4つをあげています。

  1. はっきりと証明できるもの以外は受け入れない(明証)
  2. 考える問題を出来るだけ小さくすること(分析)
  3. 単純なものから考え始め、徐々に難しくすること(総合)
  4. 最後に見落としていないか確認しすべてを見直すこと(吟味)

そして著書『方法序説』のなかで、「自分を含めた世界の全てを疑っている自分の存在だけは否定できない」と述べています。のちに、デカルトと親交があった物理学者がラテン語に訳し、日本語で「我思う、ゆえに我あり」という有名なフレーズが誕生しました。

簡単に言うと、入手した情報を自分の頭で考え、疑い、導きだされた結論を考えている自分の存在は疑いようがないということです。(ちょっと難しいかも…)

情報発信する側はどうしたら、分かりやすく伝わるか?魅力的に伝わるのか?考えた結論の伝え方だと思うんです。なので、受け手は、それが正しい、いい、正解!と判断するのではなく、考えるための材料の一つであったり、きっかけにして、自分の考えをもつと、それが自分の価値になる!ということですね。

ルネ・デカルトはどんな人?

1596年3月31日 ~1650年2月11日 職業:哲学者・数学者
出身:フランス

父親は役人でした。母親が非常に病弱でデカルトを生んで、1年ちょっとで亡くなってしまいます。そのためデカルトは祖母に育てられます。

10歳 学校に入学します。非常に優秀な学生だったようです。

18歳 学校を卒業し大学に進学、法学、医学を学びます。

22歳 意外なことにオランダに渡り軍隊に所属します。
オランダの国境で、医師であり自然学者、数学者、幅広い知識をもつ人物に出会い、影響を受けます。

24歳 三十年戦争が勃発したことを聞きつけ、参戦するためにドイツに旅立ちます。

この時点では何をしたいのか?ということは分かっていなくて、盛り上がっていそうなところにただ行くという感じが見受けられます。

ドイツのある村で、自分の生き方、これからの人生を何に使うか考え、「学問の基礎」を発見します。これが『方法序説』の考え方の着想になったのかと思います。またそれを発見した日の晩に不思議な夢を見たようです。

27歳~29歳 イタリアのヴェネツィアやローマを旅し、パリに戻り、哲学者と学者と交友を深めます。

32歳 オランダに戻り、『方法序説』の執筆のためにこもります。

34歳 『方法序説』を公刊します。

53歳 スウェーデンの女王クリスティーナに教育係をしてほしいと要望をもらい、スウェーデンに行きます。

20代の女王は早起きで、朝の5時からデカルトの講義を希望していましたが、デカルトにとってはその生活は辛いものでした。風邪をこじらせ亡くなりました。54歳でした。

5時からの講義ということは、女王を待たせてはいけないので、おそらく3時くらいには準備していないといけないので、それはきついですよね?

きっかけ:

情報を得るときの自分なりの哲学を持ちましょう。

クラシック音楽の大家 ヨハン・ゼバスティアン・バッハ

バロック音楽、ドイツ三大Bと言えば、バッハ、ベートーヴェン、ブラームスですよね?

バッハは音楽家の家系で、一族に音楽家は複数人いましたが、そのなかでも、ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(J.S.バッハ)が、後の作曲家に与えた影響を考えると、西洋音楽の基礎を築いた人物と言われています。作曲した作品の多くは教会音楽でした。

代表曲:

  • 管弦楽組曲第3番 ニ長調 BWV.1068『G線上のアリア』
  • 無伴奏チェロ組曲 第1番 ト長調 BWV.1007 『プレリュード』
  • 無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ 第3番 BWV.1006 『ガヴォット』
  • フーガ ト短調 BWV578 →『小フーガ』と呼ばれている
  • トッカータとフーガ ニ短調 BWV.565
  • カンタータ第147番 BWV.147より コラール『主よ、人の望みの喜びよ』
  • カンタータ第140番BWV.140 『シオンは物見らが歌うのを聴く』
  • ピアノ協奏曲 第5番 ヘ短調 BWV.1056 第2楽章 『アリオーソ』
  • メヌエット ト長調 BWV.Anh.114 ト短調 BWV.Anh.115
  • ゴールドベルク変奏曲 BWV.988 『アリア』
  • 平均律クラヴィーア曲集 第1巻 第1曲 プレリュード ハ長調 BWV.846

ヨハン・ゼバスティアン・バッハはどんな人?

1685年3月31日~1750年7月28日 職業:作曲家・音楽家
※以前、3月21日のきっかけに入れていましたが、ユリウス暦だったので、訂正します。
出身:ドイツ

バッハは地元の楽師である音楽家の8人兄弟の末っ子として生まれました。

9歳のときに母親が亡くなり、兄ヨハンと生活し、勉学に励みますが、修道院付属学校で給費生となり、18歳で宮廷楽団に就職します。バッハはヴァイオリンの担当でしたが、オルガンも出来ました。そのため教会のオルガニストに採用され、聖歌隊の指導も任されました。

20歳のときに4週間休暇を取り、当時、有名なオルガニストが務める教会までの400kmの道のりを旅し、オルガニストから学びます。68歳で高齢だったオルガニストはバッハの才能を買い、自分の娘と結婚して後継者になるよう提案しますが、女性が10歳年上だったことに躊躇して?辞退して戻ります。4週間の休暇届を提出し、迷惑をかけないよう、代役を従弟にお願いしましたが、実際は3ヶ月以上かかってしまいました。教会はバッハを叱責します。

バッハは結婚して子どもが多かったことも理由にあるかと思いますが、報酬のいい職場を探していたので、オルガン奏者の募集があるたびに応募し、職場を転々としています。32歳のときに、宮廷の楽長になり、恵まれた環境を手にしたことで、数多くの名作を生み出しました。ですが、数年のうちに楽団の予算や規模が縮小され、転職して、教会や宮廷作曲家などの仕事をしました。

バッハとヘンデル

バッハと同じ年に生まれ、出身も同じドイツで、同時代に活躍していたゲオルク・フリードリヒ・ヘンデルをすごく意識していたと言われており、ヘンデルに面会を希望しますが、一度も会うことはありませんでした。

バッハとヘンデルは、生まれた年は同じですが、対象的です。

バッハ 音楽一家 生地周辺とドイツ各地の宮廷と教会で活動 結婚2度 子ども20人

ヘンデル 父親は医師 ヨーロッパ各地で活動 独身

2人に共通して言えることは、晩年に視力を失い、視力回復手術を受けますが、失敗しています。

きっかけ:

誰かの一部に自分の一部を混ぜてみましょう。

バッハの2番目の妻であるアンナは、宮廷歌手として活躍し、音楽家として才能豊かな人だったようです。バッハの写譜などを行い、手助けしていました。そのため、バッハが作曲した曲のなかには、アンナが作曲したものもあったと考えられています。

聴くことの多い『アンナ・マクダレーナ・バッハの音楽帳』は妻、アンナのために作られた曲とかつては言われていましたが、現在はバッハが作曲したかどうかは微妙な作品とも言われています。

交響曲の父 フランツ・ヨーゼフ・ハイドン

弦楽四重奏曲第77番 ハ長調 「皇帝」第二楽章~神よ、皇帝フランツを守り給え~は、ドイツの国歌として使われています。ハイドンは神聖ローマ皇帝フランツ2世の誕生日に献呈したと言われています。

代表曲:

  • 交響曲第44番 ホ短調「悲しみ」
  • 交響曲第94番 ト長調 「驚愕」
  • 交響曲第101番「時計」
  • 弦楽四重奏曲第17番より第2楽章「セレナーデ」
  • 弦楽四重奏曲第77番 ハ長調 「皇帝」
  • オラトリオ「天地創造」
  • オラトリオ「四季」

フランツ・ヨーゼフ・ハイドンはどんな人?

1732年3月31日~1809年5月31日 職業:作曲家
出身:ドイツ

ハイドンは音楽一家ではなく、父親は職人でした。おじ(父親の妹の夫)が、音楽学校の校長をしていたので、6歳のときにハイドンは、おじのもとで音楽の勉強を始めました。

8歳で聖歌隊に入り、9年間所属していましたが、声変わりのため、高音部を歌うのが難しくなってくると17歳で解雇されてしまいました。その後、友人の家に住みながら、フリーの音楽家として活動を始めました。

27歳 ボヘミアの貴族のお抱え楽団の職に就き、指導のほか、交響曲などを作曲しています。しかし雇い主の経済的な事情から解雇されてしまい、29歳のときには、ハンガリー有数の大貴族宅(エステルハージ家)のお抱え楽団の副楽長(後に楽長)という仕事を得ます。エステルハージ家で30年働き、数々の作品を生み出しました。

28歳 マリアと結婚しますが、結婚生活は幸せとは言えなかったようです。

妻マリアは悪妻なのか!?

ハイドンは、マリアの妹テレーゼのことが好きでした。テレーゼが修道院に入ってしまったことにショックを受けたハイドンに姉妹の父親が、「マリアはどうかな?」という提案をされて、渋々?結婚しました。

このマリアという女性は、非常に浪費家であったため、借金を作ってはハイドンがお金に困ることがあったようです。ハイドンが書いた楽譜を破いては料理の包み紙に使っていたなどのエピソードが残っています。「この結婚は人生最大の失敗だった」とハイドンは述べており、2人の仲は結婚当初から険悪なもので、子どもはいませんでした。

音楽家の3大悪妻 モーツァルトの妻コンスタンツェ、チャイコフスキーの妻アントニナ、そしてもう1人が、ハイドンの妻マリアと言われています。3大悪妻と言われている人物の多くは、本当に悪妻か?疑問に感じることが多いです。想像ですが、自分に好意を寄せていない人との生活は、マリアにとっても辛かったと思います。

同じ誕生日のバッハとは対象的ですが、ハイドンよりもマリアの方が先に亡くなったので、ハイドンは、『悪妻』というタイトルのカノンを発表しています。

モーツァルトとの関係

49歳のときに24歳年下のモーツァルトと親しくなります。モーツァルトは、ハイドンに弦楽四重奏曲集(ハイドンセット)をプレゼントします。ハイドンは、モーツァルトの長男の進学のお世話をしています。

この2人、結婚に関して共通することがあります。モーツァルトの妻コンスタンツェは、片思いしていた女性の妹で、同じく悪妻と言われています。モーツァルトの場合は、そんなに不仲ではなかったですが、女性にしてみれば、誰かの身代わりなんて嫌やですよね?

58歳 エステルハージ家の当主が亡くなります。次期の侯爵は音楽に疎かったため、音楽家を全員解雇させます。当然、ハイドンも解雇され、年金暮らしになりました。

59歳 たびたびイギリスに渡り、公演会を行いました。
イギリスの市民権を取得することも考えたようですが、最終的にはウィーンに戻り、作曲に集中しました。しかし持病が悪化し、77歳で亡くなりました。

ハイドンは自分のお葬式には「交響曲第44番で弔いしてほしい」とリクエストしていたようです。後にその曲に「悲しみ」とつけられたのは、ハイドンの死への悲しみということのようです。

3月31日 フランツ・ヨーゼフ・ハイドン

きっかけ:

苦手な人と会話するコツは何ですか?

ハイドンの5歳年下の弟 ミヒャエル・ハイドン

1737年9月14日~1806年8月10日

兄が目立ちすぎて、あまり知られていない?かもしれませんが、弟のミヒャエル・ハイドンも作曲家でした。44歳のときに、モーツァルトの後任として宮廷及び大聖堂オルガニストとなっており、ハイドン兄弟ともに、モーツァルトと繫がりがありました。

ノーベル物理学賞の朝永振一郎

1906年3月31日~1979年7月8日 職業:物理学者
出身:日本(東京都)

1965年にノーベル物理学賞を受賞しました。

加古里子(かこ さとし)の絵本

1926年3月31日  職業:絵本作家・児童文学者・工学博士・技術士
出身:日本(福井県)

代表作:

  • 『だるまちゃん』シリーズ
  • 『宇宙』『地球』『海』科学シリーズ
  • 『どうぐ』
  • 『あなたのいえ わたしのいえ』
  • 『うつくしい絵』

クリストファー・ウォーケン出演の映画作品

1943年3月31日  職業:俳優
出身:アメリカ

代表作:

  • 『ワン・モア・タイム』
  • 『ジャングル・ブック』
  • 『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』
  • 『ディア・ハンター』

ユアン・マクレガー出演の映画作品

1971年3月31日  職業:俳優
出身:スコットランド

代表作:

  • 『美女と野獣』
  • 『ムーラン・ルージュ』
  • 『リトル・ヴォイス』
  • 『スター・ウォーズ』シリーズ
  • 『天使と悪魔』
  • 『砂漠でサーモン・フィッシング』
  • 『ビッグ・フィッシュ』
  • 『人生はビギナーズ』

3月31日 今日は何の日?365日のきっかけ

オーケストラの日

語呂合わせ 3(み)3(み)(に)1(番)または(いい)で、春休み期間中であり親子揃ってイベントに参加しやすいことなどの理由から、日本オーケストラ連盟が2007年に制定しました。

音楽の父と呼ばれるバッハと、交響曲の父と呼ばれるハイドンの2人の誕生日なので、オーケストラの日はぴったりです。

いかがでしたか?

Wikipedia情報による、3月31日が誕生日である有名人や何かの記念日をヒントにして、きっかけをつくりました。

素敵な偶然に出会ったり、予想外のものを発見することをセレンディピティ(serendipity)というそうです。サイトをご覧になった方が素敵な偶然に出会えるかは分かりかねますが、行動したら何かが起こるかもしれません。

素敵な一日でありますように!