4月23日生まれの有名人と今日は何の日?*365日きっかけ誕生日プレゼント*

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4月23日生まれの皆さま、お誕生日おめでとうございます。

今日はどのように過ごしますか?

お誕生日の方、そうでない方も、今日一日ワクワクとした日を過ごしたいですよね?

そんなあなたに小さな小さなきっかけをプレゼントします。

江戸時代のエンジニア からくり伊賀七

日本で最初の電気機器工場、(東芝の重電部門の前身)の創業者である田中久重は、「からくり衛右衛門」に愛称で親しまれていましたが、久重よりも37歳年上に、「からくり伊賀七」または土地限定で「つくばのダ・ヴィンチ」と呼ばれているからくり職人が飯塚伊賀七(いいづか いがしち)です。忍者みたいなカッコいい名前ですね。

当時のからくりは、今でいうプログラミングで動く機械と同じくらい精巧で、江戸時代のベスト3エンジニアという感じでしょうか。

飯塚伊賀七(いいづか いがしち)はどんな人?

1762年4月23日~1836年12月24日 職業:発明家
出身:日本(茨城県)

現在の茨城県つくば市谷田部村の庄屋を営む裕福な家に生まれました、飯塚家の当主として生涯、谷田部村から出ることなく過ごしたと言われています。伊賀七がどうやって学んだのか?師がいたのか?正確なことは分かっていませんが、数学や科学に興味があり、仕事のかたわら、からくりのしかけを研究していたということが分かっています。

大変几帳面な人で、作ったものに関して、製造年月日が記載されており、代表作として知られている、お茶を運ぶからくり人形(茶くみ女)などは40代の頃の作品と言われています。これに類似する、酒や豆腐を買いに行くからくり人形なども発明しています。自宅から酒屋、豆腐屋まで移動し、お盆の上に品を置いてもらい、店主に方向転換してもらうと、自宅に戻っていくという仕組みです。

江戸時代は道路が塗装されていないので、障害物にぶつかればすぐに動かなくなるとは思いますが、250年以上前、パソコンなければ、ネジやドライバーなどの作るための道具もないなか、高度なからくり(ロボット)を開発していることに、驚いてしまいますよね?

プラスチックなどの素材がないため、すべて木材で出来ていますが、制作したものは、しかけから建築など多岐に渡り、若い頃に、宮大工から本格的に建築を習ったのではないか、とも言われています。

からくり以外に興味のあったこと
江戸時代、オランダで貿易をしていたことから、ヨーロッパで熱気球による飛行が流行っていることを聞いて、好奇心が刺激され、人力飛行機の開発を試みたようです。

江戸時代の発明家 平賀源内

1728年?月?日~1780年1月24日

日本初の発電機(エレキテル)を開発したのは、平賀源内と伝えられていますが、正確には、修理した人です。

発明家として一般的には知られていますが、それ以外の肩書として医者、文芸家(戯作者・浄瑠璃作家)陶芸家、画家、地質学者、事業家など幅広い活動をしています。

高松藩(現在の香川県)の武家の三男として生まれますが、21歳のときに、父親が他界し家督を継ぎます。しかし勉強がしたかった、源内は長崎に遊学にでます。26歳のときに家督を放棄し妹に婿をとらせ、京都や大阪で、さらに学びます。

その後はあちこちに行っています。
最後は…代表屋敷の修理を依頼され、その修理計画を盗まれたと勘違いした源内は、大工棟梁2人を殺傷してしまい、お縄につき、獄中死しています。51歳でした。

関連するページ:香川県さぬき市 平賀源内記念館

イギリスの顔!?光の画家 ウィリアム・ターナー

2020年から流通されるイギリスの新20ポンド紙幣の肖像画は、ウィリアム・ターナーです。イギリス市民からの意見で、『ピーター・ラビット』の作者、ベアトリクス・ポター、喜劇王チャップリン、ヒッチコック監督、デヴィッド・ボウイなどが候補にあげられていましたが、最終的に19世紀に活躍した「光の画家」として知られているウィリアム・ターナーに決まりました。ウィリアム・ターナーの若き日の自画像を見ても今一つピンとこなくて、写真の肖像画もネット上にほぼないので、楽しみですね。

2014年に公開された映画『ターナー、光に愛を求めて』で、ターナー役がティモシー・スポール(映画、ハリー・ポッターでネズミに化けていた裏切り者、ピーター・ペティグリュー役)でした。若き日の自画像とはだいぶ異なるお顔だと思うのですが…実際はどうなんだろう。

あれ?「ウィリアム・ターナー」この名前聞いたことがあると思ったら、『パイレーツ・オブ・カリビアン』で、オーランド・ブルームが演じていた準主人公の名前と同じです。

本名、ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナーはどんな人?

1775年4月23日~1851年12月19日 職業:画家
出身:イギリス

印象派が流行ったのは19世紀後半、ターナーの作品が、印象派の画家に影響を与えていたと言われています。カテゴリとしてはロマン主義です。

ターナーは理髪師の息子として生まれました。母親が精神的に不安定で、息子ジョゼフの養育が出来ず、また学校教育もほとんど受けられなかったようです。

13歳のときに画家に弟子入りし、絵画の基礎を学びます。イギリス王立美術院の付属の美術学校入学し、さらに本格的に学び、22歳の王立美術院の展覧会に出品しています。


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初期の作品は、王立美術院で評価される、受けが良さそうな写実的な風景画を描いています。王立美術院(ロイヤルアカデミー)の会員になったことで、パトロンに恵まれ、画家としてはラッキーなスタートでした。大抵の画家は、売れない下積みが10年くらいあるのが普通なので、ターナーは策略家!?と個人的には思いました。

40代でイタリア旅行に行く機会に恵まれ、その後、ヨーロッパ各地を旅しながら、沢山の風景スケッチを残しました。似たような作品が多いように思いますが、生涯を通じて、5~7回の画風の転換があったようです。

イギリスのロマン派の巨匠として、印象派に深く影響を与えた画家として、ターナー賞という、イギリスの美術家を表彰する大会が毎年、開催されています。1984年から始まり、最初は絵画の受賞者からはじまり、立体、近年では映像作品が多いです。

母は強し!上村松園の生涯

日本にも西洋のロマン主義から影響を受け、大正ロマンが明治中期頃から流行りました。森鴎外、樋口一葉、与謝野晶子、平塚らいてう、竹久夢二などなどの人が活躍していた時代です。

文芸界では上記のように女性が活躍し始めていましたが、女性画家として名前があげられる方、あまりいないですよね?葛飾北斎の娘、お栄(応為)のように、江戸時代に活躍した女性、浮世絵師というのはいなくもないようですが、女性が画家を志すにはまだ厳しい時代に、上村松園は画家を志しました。

上村松園(うえむら しょうえん)はどんな人?

1875年4月23日 ~1949年8月27日 職業:画家
出身:日本(京都)

松園の本名は津禰(つね)、京都で葉茶屋を営む家の次女として生を受けました。父親はつねが生まれる2ヶ月前に他界しており、母親が女手一つで2人の娘を育てました。

幼少期から絵を描くのが好きで、日本最初の絵画専門学校(現在の京都市立芸術大学)に入学します。

入学して違和感を覚えるようになり、学校で習うよりも、直接、尊敬する先生についた方が勉強になると思ったのか、家庭事情だったのかは分かりかねますが、つねは翌年に学校をやめ、師匠(鈴木松年)に弟子入りします。腕をあげ「松園」という号をもらい、上村松園が誕生しました。


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女性はお嫁に行って家庭を守ることが一般的でしたので、絵の道に進み、師匠に弟子入りするという女性はおらず、世間から色々言われることは合ったようですが、つねの母親は理解し励まし続けてくれたそうです。

15歳のときに、出品した美人画で一等賞を受賞、来日していたヴィクトリア女王の三男、アーサー王子が購入してくれたことで話題になります。

新たな技法を模索するために、異なる師匠たちに弟子入りし学びます。

27歳のときに長男を出産しますが、お相手の男性は家庭をもっていたのか?語ることなく、未婚を選び、息子を育てました。誰が父親か?なんて詮索されても、答える必要はなかったんですね。

女流画家、未婚の母、世間の目は大変厳しかったようですが、生活がどんなに困難なときでも、母親に支えられ、絵を描くために学ぶ姿勢は変わることなく、描き続けます。

展覧会などで作品が評価される一方で、心ない言葉をかけられる、今でいうパワハラ、セクハラ発言は日常茶飯事、さらに展覧会に出品して、展示されていた作品に落書きをされるという事件も起きます。

そんなことがあっても、絵を外すこともなく、「ありのままをお見せしましょう」と言ってそのままにしたというエピソードがあります。松園は非常にタフな人だった思いますが、作品をさげてしまえば、その事態を隠ぺいし泣き寝入りになってしまう、展覧会に来た来場者に見てもらうことによって問題を浮彫にする、頭のいい人だと思います。

昔からハラスメントはあって、強い女性は昔からいた、強くしなやかに対処する術を教えているような気がします。

生涯、女性を描き続け、74歳のときに女性として初の文化勲章を受章しました。翌年の74歳で亡くなりました。

4月23日 上村松園

きっかけ:

問題にどう向き合いますか?

日本にゆかりのある作曲家 セルゲイ・プロコフィエフ

1891年4月23日~1953年3月5日 職業:作曲家・ピアニスト・指揮者
出身:ロシア

ロシア革命の際に祖国を離れ、27歳のときに日本に亡命し、数か月過ごしています。

リー・ミラー

1907年4月23日~1977年7月21日 職業:写真家
出身:アメリカ

マイケル・ムーア監督の映画

1954年4月23日
職業:ジャーナリスト・映画監督・プロデューサー・ディレクター・政治活動家
出身:アメリカ

「マイケル・ムーア監督じゃねーよ」という決まり文句で、ご本人をあまり知らなくても、顔が想像できてしまう、個人名の宣伝効果は抜群だと思うので、マイケル・ムーア監督は得しているな…と思うのですが、どうですか?

ドキュメンタリー映画:

  • 『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』
  • 『キャピタリズム~マネーは踊る プレミアム・エディション』
  • 『シッコ』

4月23日 今日は何の日?365日のきっかけ

世界図書・著作権デー

関連して…

子ども読書の日でもあります。

国際マルコーニデ

世界で初めて無線による通信を行ったグリエルモ・マルコーニを記念する日です。

地ビールの日

1516年4月23日、バイエルン公ヴィルヘルム4世が「ビール純粋令」を発布したことに因みます。ドイツでも本日が「ビールの日」です。日本地ビール協会を中心とする「地ビールの日選考委員会」が1999年に制定しました。

シジミの日

語呂合わせ 4(し)2(じ)3(み)「シジミの日」日本シジミ研究所が2007年に制定しました。

いかがでしたか?

Wikipedia情報による、4月23日が誕生日である有名人や何かの記念日をヒントにして、きっかけをつくりました。

素敵な偶然に出会ったり、予想外のものを発見することをセレンディピティ(serendipity)というそうです。サイトをご覧になった方が素敵な偶然に出会えるかは分かりかねますが、行動したら何かが起こるかもしれません。

素敵な一日でありますように!