4月24日生まれの有名人と今日は何の日?*365日きっかけ誕生日プレゼント*

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4月24日生まれの皆さま、お誕生日おめでとうございます。

今日はどのように過ごしますか?

お誕生日の方、そうでない方も、今日一日ワクワクとした日を過ごしたいですよね?

そんなあなたに小さな小さなきっかけをプレゼントします。

イケメン ウィレム・デ・クーニングが描いた女性像

1904年4月24日~1997年3月19日 職業:画家
出身:オランダ

ウィレム・デ・クーニングは、第二次世界大戦後(1945年)にアメリカで起こった美術運動、抽象表現主義の代表画家として知られています。

抽象表現主義でよく知られるジャクソン・ポロック(1912年1月28日~1956年8月11日)はアクション・ペインティングという手法がよく知られています。ポロックの妻リー・クラズナーは同じく芸術家で、アクションペインティングの祖は実はリー・クラズナーであった、手の上で転がされていたのはポロックなのではないか?とも言われています。

類似するのが、ウィレム・デ・クーニングです。デ・クーニングはかなりのイケメンで、複数の女性と関係し、生涯にかけて女性を描いていますが、その影で、ずっと支え続けたのがエレインです。

エレインはアーティストを目指し、美術学校でモデルの仕事をしながら生活費を稼ぎ、活動をしていました。デ・クーニングについて崇拝していた彼女は師事します。師弟関係から恋仲になり結婚、夫であり師匠であるデ・クーニングのスパルタな指導は、時には作品を破壊されることもあったようです。

2人の関係は不思議なもので、結婚はしていても、お互いに別に恋人がおり、別居を続けていましたが、離婚することなく、エレインはデ・クーニングのプロモーション活動を長きにわたって行っていました。アーティストとして活動するには、夫の存在は邪魔だったと思われますが、これも手の上で転がされているのは、実はどっちかなんて分からないことです。


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デ・クーニングはオランダで酒屋とバーを営む両親のもとに生まれました。そのため、酒が強かったようです。描いていたのは貴婦人という感じはしない、酒場の女性っぽい感じもします。

12歳の頃に広告会社に見習いとして入社し、そこで絵を描くことに目覚め、美術学校の夜間コースに通います。しかしオランダの美術教育に違和感を感じていたデ・クーニングは、22歳のときにオランダを飛び出し、貨物船に忍び込むという密入国で、アメリカに行くことを決意します。

若き日のクーニングは商業美術(看板書きなど)で生計をたて、カンバスが買えないときは、身近にあった新聞紙や紙に描いていたこともあったようです。

ポロックや、マーク・ロスコなど抽象表現主義の若手画家とともに、ニュー・ディール政策の一環としてはじめられた公共美術促進計画に携わり、公共の建物の壁画を制作するなどしていた時期もあります。1948年に個展が開催され、それからは注目を浴びるようになり、画家として食べられるようになったようです。

ジョニー・グリフィンの音楽

1928年4月24日~2008年7月25日 職業:サックス奏者
出身:アメリカ

洋裁学校と両立 桂由美のブライダルドレスデザイナーの道

1932年4月24日  職業:ブライダルファッションデザイナー
出身:日本(東京都)

桂由美さんと言えば、ブライダルドレスのデザイナーという肩書と、ターバンというトレードマークでお馴染みだと思います。黒柳徹子さんに触発され、自分にもトレードマークが必要だと感じ始めたのがきっかけだったそうです。
黒柳さんの場合、髪の毛のなかに飴玉を忍ばせていたりするようですが、ターバンの中はどうなんでしょうね。

母親は洋裁学校を運営し教鞭をとっていたので、跡を継いでほしいと願っていたようですが、洋裁が苦手でその気にはなれなかったそうです。演劇にはまり、役者を志した時期もあったそうですが、才能に限界を感じ大学に進学し、卒業後ファッションを学ぶためにパリに留学します。留学中に花嫁のブライダルドレス姿にすごく惹かれたそうです。

母洋裁学校の卒業制作でブライダルドレスを作ることになった際に、アドバイスを求められたことがあり、作ろうとしても素材がないことに驚きます。当時、結婚式は着物が主流でした。ウェディングドレスを着て結婚式をしたいという人たちはいたわけで、誰もやっていないのであれば、自分でやるしかないと、ブライダルドレスデザイナーになることを決意します。

後継ぎとして期待していた母親は、学校経営と両立できるのであれば応援するということで、条件をつけます。デザイナーとして活動したかった桂さんは経営は苦手だったようです。経営は誰かに任せたらいいかも!?とデパートに日本初のブライダルサロンを提案しますが、デパートでの話はうまくいかず、銀座の通りを泣きながら、帰ったこともあったそうです。

誰かにお願い出来ないのであれば、自分でやるしかないと、母親が貯めていた結婚資金を元手に店舗を借りて、ブライダルショップをオープンしました。しかし最初の年は、一年に30組のお客様しか成約に至らなかったようです。実際には100着の注文が入っていましたが、花嫁さんには決定権があまりなく、姑さんからの声でキャンセルも多かったそうです。

そのため、売上のなかから社員の給与を払うと、自分の手取りは残らず、洋裁学校で、朝から晩まで授業を行い稼ぎ、そのお金をブライダルショップにつぎ込むという生活をしていたそうです。

海外の一流ファッションデザイナーから、オートクチュールの仕事をしていても花嫁の姿に出会えるのは年に数回しかなく、この世で最も美しい花嫁姿を毎日見られる、ウェディングドレスを作り、花嫁に関われる仕事を出来ることが、とても羨ましいと言われたそうです。

迷いはあったそうですが、その言葉を聞いて、迷うことはなくなったそうです。

4月24日 桂由美

きっかけ:

誰もやっていない未開拓な分野をみつけてみましょう。

シャーリー・マクレーン出演の映画

1934年4月24日  職業:女優・歌手・ダンサー・ライター
出身:アメリカ

映画:

  • 『あなたの旅立ち、綴ります』
  • 『素敵な遺産相続』
  • 『トレヴィの泉で二度目の恋を』
  • 『アパートの鍵貸します』
  • 『愛と追憶の日々』

バーブラ・ストライサンドの代表曲と映画

1942年4月24日  職業:歌手・女優・作曲家・映画監督
出身:アメリカ

代表作:

  • 『The Way We Were』=(追憶)
  • 『Woman In Love』
  • 『People』

映画代表作:

  • 『ファニー・ガール』
  • 『ハロー・ドーリー!』
  • 『ミート・ザ・ペアレンツ』

星野富弘の著書

1946年4月24日  職業:詩人・画家
出身:日本(群馬県)

大学を卒業後、中学校の体育教師になります。新任1年目のある日、クラブ活動の指導中に空中回転で頭から転落、頸髄(けいつい)を損傷、首から下が動かせない大事故が起きてしまいます。

入院中に、首から上で動かすことが出来る、口で筆を咥えて描く、絵や文章を始め、作品を書籍や展覧会で発表されています。

著書:

  • 『愛、深き淵より。』
  • 『花よりも小さく』
  • 『花の詩画集 鈴の鳴る道』
  • 『ありがとう私のいのち』
  • 『星野富弘 ことばの雫』

関連するページ:

群馬県みどり市 富弘美術館

熊本県葦北郡芦北町立 星野富弘美術館

演出が独特 つかこうへいのお芝居

1948年4月24日~2010年7月10日 職業:劇作家・演出家・小説家
出身:日本(福岡県)

代表する戯曲:

  • 『熱海殺人事件』
  • 『ストリッパー物語』
  • 『蒲田行進曲』
  • 『飛龍伝―神林美智子の生涯』

大学在学中に予備校の講師のアルバイトをしていた際に、ある生徒からの依頼を受けて、芝居の戯曲を書いたことがきっかけで、劇作家としてデビューしました・

「口立て」という独自の演出法は、4割の台詞はあらかじめ作っておき、役者さんに覚えてきてもらいます。あとの6割は稽古をしている間に、役者さんに自分で書かせて、その場ですぐに覚えて演技をするというもので、初日公演と最終楽では、演出が全く異なるため、通なファンは2度公演を見るのが、当たり前だったそうです。

4月24日 今日は何の日?365日のきっかけ

日本ダービー記念日

1932年4月24日、目黒競馬場で日本初のダービーが開催されたことに因みます。

いかがでしたか?

Wikipedia情報による、4月24日が誕生日である有名人や何かの記念日をヒントにして、きっかけをつくりました。

素敵な偶然に出会ったり、予想外のものを発見することをセレンディピティ(serendipity)というそうです。サイトをご覧になった方が素敵な偶然に出会えるかは分かりかねますが、行動したら何かが起こるかもしれません。

素敵な一日でありますように!