4月30日生まれの有名人と今日は何の日?*365日きっかけ誕生日プレゼント*

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4月30日生まれの皆さま、お誕生日おめでとうございます。

今日はどのように過ごしますか?

お誕生日の方、そうでない方も、今日一日ワクワクとした日を過ごしたいですよね?

そんなあなたに小さな小さなきっかけをプレゼントします。

教育者の守護聖人ラ・サールの功績

1651年4月30日 ~1719年4月7日 職業:教育者
出身:フランス

「ラ・サール」と聞くと、中高一貫の男子校であることは知っていても、ラ・サールが人物で、教育者の守護聖人と聞いても、あまりピンとこないですよね?

日本で最初のラ・サール校は、1950年(昭和25年)に、カトリック ラ・サール修道会によって、鹿児島市に設立されました。現在は、北海道函館にもあります。

ジャン・バティスト・ド・ラ・サールはどんな人?

1651年4月30日 ~1719年4月7日 職業:教育者
出身:フランス

その前に

16世紀のヨーロッパの大事件と言えば、マルティン・ルターの宗教改革によって起きた騒動です。カトリック教会で発行した証明書(贖宥状)を買えば、あなたの罪は軽くなり天国に行けます!実際はこんなに軽い言葉ではないと思いますが、お金を払えば天国に行けるという安易な考えにルターは疑問を抱いたわけですよね?

カトリック教をカトリックとプロテスタントに二分する大事件が起き、それによって、ヨーロッパで三十年戦争という大規模な戦争が巻き起こります。

そんな動乱期が収束したくらいの時期に、ラ・サールは誕生しました。

父親は貴族出身の弁護士、父親と同じ道に進むことも出来たと思いますが、弟妹が11人と非常に多く、家督を継ぐよりも聖職者になる道を選びます。ラ・サールは司祭になるために、カトリック教会が運営していた神学校と大学に通いました。しかし20歳の頃に両親が相次いで亡くなり、学校をやめて実家に戻ります。

当時も所得格差はありましたが、低所得層だから学べないというわけでもなかったようで、町に住む若者に無償で教育をする使命を担っていたのは教会でした。贖宥状を売ることによって富を得ていたと考える一方で、教会を運営するのも大変ですから、お金を有効に使っていなかったとは言い切れないと思います。

宗教改革が引き金になり戦争が起きると町が荒廃し、食べることも困難になり路上生活者が増え、教育どころではなく生活するのにやっとで(読み書きは出来ない)仕事にありつけないという負の連鎖が起きていました。

ラ・サールは子どもたちの教育、自活に力を入れ、ラテン語による教育から、日常で使うフランス語で教育を行う、当時はそれが画期的な教育改革で、身分関係なく学べるよう、私財を投じ尽力しました。しかし、そういった行動は一族にも教会の同志たちにも受け入れられていたわけではなく、家を追い出されてしまいます。

学校を設立するにあたり資金の提供を申し出てくれた貴族もいましたが、申し出てくれた人の親から、息子が騙されたと訴えられる、亡くなる前には、カトリック教会から司祭の職を剥奪されるという理不尽な扱いを受け、生前は功績について脚光を浴びることはなかったようです。

死後、100年以上たった19世紀になってようやく理解され、20世紀にカトリック教会の聖人になり、1950年には教育者の守護聖人に指定されました。

カール・フリードリヒ・ガウス

1777年4月30日~1855年2月23日 職業:数学者・天文学者・物理学者
出身:ドイツ

2018年4月30日のGoogleのトップ画像が「ガウス」でした。名前は聞いたことがあるのに、何をした人なのか浮かばない、偉人の一人くらいの認識でした。ちょっと集めてみると、意外と面白かったです。

小学校のときに算数の問題で、1から100までの数字を順に足す(1+100)+(2+99)…この合計は何?という問題でませんでしたか?
ガウスが小学生のときも、同じ問題がでたようです。ガウスは即座に(101 × 50)と計算し、「5050」と答えたという逸話が残っています。

フランツ・レハールの『メリー・ウィドウ』

1870年4月30日~1948年10月24日 職業:作曲家
出身:オーストリア

代表曲:

  • ワルツ『金と銀』
  • オペレッタ『メリー・ウィドウ』

ヒトラーは、フランツ・レハールが作曲した『メリー・ウィドウ』が好きだったので、レハールはヒトラーにスコアをプレゼントしたというエピソードが残っています。

レハールは政治に無関心でしたが、妻がユダヤ人であり、強制収容所に送られてしまうことを避けるために、ナチスと懇意にしていました。友人のユダヤ人の作家は、レハールがナチスと親しいことから、レハールを頼りますが、妻がユダヤ人であることを指摘されると、友人をかばうことが出来なくなります。

ナチスの協力者として、批判されることも多いようですが、自分がどう言われても、最愛の人を守るためなら、同様に同じ決断をしたかもしれませんよね?

『メリー・ウィドウ』にまつわるエピソードは悲しいけれど、『メリー・ウィドウ』は喜劇です。ドイツ語のタイトルを直訳すると「陽気な未亡人」です。

~『メリー・ウィドウ』 あらすじ~

小国の大富豪と結婚したハンナでしたが、結婚して8日後に夫が急死し、未亡人になってしまいます。もしハンナがパリの男性と再婚をしたら、莫大な財産がパリに渡ってしまう、国の存亡に関わると思った公司は、公使館で働く書記官、ダニロとハンナを再婚させたらいいのではないか?とひらめきます。

実はダニロとハンナは、恋仲ではありましたが、身分の違いから親族から反対され、結婚できなかったのです。お互いに気持ちがないわけではないけれど、ダニロはハンナに財産目的と思われるのが嫌やで、素直になれませんでした。

ある日、ハンナの家で開かれた夜会で、亡き夫の知り合いの男爵の妻、ヴァランシエンヌ(ハンナの友人)が、自称パリジャン、カミーユに言い寄られていました。しつこいカミーユは諦めることはなく、ヴァランシエンヌを庭のあづま屋に連れ込みます。ヴァランシエンヌは自分の扇子に「私は貞淑な人妻です」と書いて、誘いを断り、その場をあとにしました。

妻が浮気をしているのではないかと疑った男爵は、現場を押さえようと、部屋を見張っていると、中から出てきたのはハンナでした。ハンナが機転を利かせて入れ替わりました。ヴァランシエンヌは助かりましたが、ハンナは誤解され、カミーユと婚約したことになってしまいます。

婚約の話を聞いたダニロは動揺し、ハンナに気持ちを伝えなればならないと奮起します。もう一人、奮起したのが公司です。自称パリジャン、カミーユとハンナが結婚したら、莫大な財産がフランスに渡ってしまう、我が国は破産してしまう!なんとか阻止せねばと、ハンナを説得し再婚を阻止します。

あづま屋からヴァランシエンヌの扇子が見つかり、ヴァランシエンヌの夫、男爵は妻に裏切られたと勘違いし、離婚してハンナと結婚すると公言します。

訳の分からない行動にでた男爵にハンナは「何で?私が男爵と再婚しないといけないんだ?」と思い、亡夫の遺言を開示することで、ダニロがプロポーズしてくれることを願います。

夫の遺言には、「再婚したら、彼女は全財産を失う」と書かれてありました。それを知ったダニロはついにハンナにプロポーズし、ハンナは喜んで受け入れました。遺言には続きがあって、「全財産は再婚した夫のものになる」と書かれてありました。公司は、国の存続を救ったと安堵します。

我に返った男爵に、ヴァランシエンヌは、扇子をひらいて見るように言います。そこには「私は貞淑な人妻です」と書かれてあり、妻を疑った男爵はヴァランシエンヌに許しを乞い円満、みんな幸せになりました。おしまい。

4月30日 フランツ・レハール

きっかけ:

いいなと思う理想的なカップルは?(物語など架空でも可)

ジャック・オーディアール監督の映画作品

1952年4月30日  職業:映画監督・脚本家
出身:フランス

代表作:

  • 『君と歩く世界』
  • 『預言者』
  • 『真夜中のピアニスト』

ジェーン・カンピオン監督の映画作品

1954年4月30日  職業:映画監督・脚本家
出身:ニュージーランド

代表作:

  • 『ピアノ・レッスン』
  • 『ある貴婦人の肖像』
  • 『ブライト・スター』

キルスティン・ダンスト出演の映画作品

1982年4月30日  職業:女優
出身:アメリカ

代表作:

  • 『マリー・アントワネット』
  • 『スパイダーマン』シリーズ
  • 『オン・ザ・ロード』
  • 『ウィンブルドン』
  • 『モナリザ・スマイル』

4月30日 今日は何の日?365日のきっかけ

図書館記念日

1950年4月30日に図書館法が公布されたことに因み、1971年に制定されました。

国際ジャズ・デー

2012年11月にユネスコが制定。

いかがでしたか?

Wikipedia情報による、4月30日が誕生日である有名人や何かの記念日をヒントにして、きっかけをつくりました。

素敵な偶然に出会ったり、予想外のものを発見することをセレンディピティ(serendipity)というそうです。サイトをご覧になった方が素敵な偶然に出会えるかは分かりかねますが、行動したら何かが起こるかもしれません。

素敵な一日でありますように!