10月11日生まれの有名人と今日は何の日?*365日きっかけ誕生日プレゼント*

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10月11日生まれの皆さま、お誕生日おめでとうございます。

今日はどのように過ごしますか?

お誕生日の方、そうでない方も、今日一日ワクワクとした日を過ごしたいですよね?

そんなあなたに小さな小さなきっかけをプレゼントします。

ケチャップライスにパスタ、トマトケチャップは必需品?!

自宅で使っているトマトケチャップのメーカーはどこですか?
カゴメですか?またはデルモンテ?ハインツ?
トマトケチャップ、ライスやパスタ、酢豚、調味料として使用することが多いので、必需品であるご家庭も多いと思います。

ヘンリー・ハインツさんはどんな人?

1844年10月11日〜1919年5月14日 職業:ハインツ 創業者・元社長
出身:アメリカ

ヘンリーの父親は煉瓦工場を経営者、母親は家庭菜園で野菜を育て家計を支えていました。ヘンリーは幼い頃から家計を助け、野菜の売り歩きをしていたそうです。

12歳になる頃には家庭菜園を拡大し、収益の一部を馬や馬車に投資することで、より多くの収入を得られるようになりました。15歳になると、売れ残った野菜を無駄にしないように、ピクルスにして保管できるよう考えます。

一家が暮らしていたアメリカ西部ペンシルベニア地方では、ホースラディッシュの栽培に適した環境だったため、ホールラディッシュは常備食用として緑色の瓶に詰められ販売されていました。使われていた「緑色の瓶」に疑問を持ったヘンリーは、中身が見える透明な瓶にしてホールラディッシュを販売したところ、食材の色がよく見え安心できると大好評でした。

アメリカ大陸横断鉄道が完成すると、ビジネスチャンスと考え、25歳のときに会社を設立し、ホールラディッシュなどのビン詰め商品を販売開始しました。経営が軌道に乗りかけているところに、思わぬアクシデントに遭遇し31歳のときに自己破産します。

0ではなくマイナスから再出発でしたが、周りの協力を得て、新会社を設立します。負債者であったヘンリーは、経営者ではなくサラリーマンとして雇われの身ではありましたが、前社の経験を活かし、商品開発に着手しました。

当時、一般家庭でよく使われていたトマトケチャップはトマトを刻み、煮詰めるところから作るもので、手間と時間がかかりました。そこで、ヘンリーは、大量生産しビン詰めしてケチャップを売ることを思いつきます。

トマトケチャップは、忙しいお母さんを助ける救世主として大ヒット商品になりました。それを機に、会社の経営権を買い取り、Heinzハインツ社が誕生します。

ビジネスセンスがあり、訪問者の工場見学ツアーや、商品のサンプルやピクルスのカタチをしたピンを配付、面白い広告を作るなど、今と同じようなことを、ヘンリーはやっていたようです。

ヘンリー・ハインツのその後の話が気になる方は、こちらのサイトをご覧ください。

Heinzのラベルは、「TOMATO KETCHUP」と書かれてあります。ケチャップの由来は、今から300年以上の前の中国で、Ketsiapというスパイスの効いた魚を原料としたソースからきているそうです。そのソースが、マレー半島に広まり、船乗りによって欧米で伝えられる過程で、綴りが、CatchupやCatsupなどに変化したようですが、ヘンリーは商品化するにあたって、原語に近いKetchupを採用したので、今でも商品パッケージはその綴りです。

10月11日ヘンリー・ハインツ

きっかけ:

家庭菜園に挑戦してみよう。

関連するページ:Pacoma

ケチャップ繫がりで紹介する絵本は下記です。考えさせられる大人向き絵本です。

鈴木のりたけさんのデビュー作、『ケチャップマン』

ケチャップ繫がりで、気になる本は下記です。

コムデギャルソン ファッションデザイナー川久保玲

2017年5月~9月、「川久保玲 コム・デ・ギャルソン」展が、ニューヨークメトロポリタン美術館で開催されました。現役デザイナーの展示は異例で、イブ・サンローラン以降初ということでした。

ニュースや新聞で、パリコレなどのファッションショーの様子を見ることがあると思います。これ?普段に着るの?そもそも洋服なの?何かの衣装?と思うような奇抜なデザインが多かったりします。コム・デ・ギャルソンも人を驚かせるようなデザインで、ずっとファッション界を盛り上げています。

2018年春夏コレクションでは、少女漫画柄のドレスを発表しました。目がキラキラの1960年~70代風の少女漫画にでてくる女の子の絵柄です。頭が下になっていても問題ないんだ…奇抜で、すごくインパクトがありました。

川久保玲さんはどんな人?

1942年10月11日 職業:ファッションデザイナー
出身:日本(東京都)

慶応大学の職員であった父親の影響もあってか、慶応大学文学部に入学し、卒業後は旭化成の宣伝部に入社、2年後に退職し、フリーのスタイリストになります。

広告写真撮影の仕事で、必要な洋服で、イメージするものがなかったので、仕方なく、自分で洋服を作るようになったのが、ファッションデザイナーになったきっかけです。

文化服装学院などの専門学校に通ったという話がないので、独学で服作りを始め、26歳のときに「コムデギャルソン」というブランド名で製造販売を始めます。

1981年38歳のときに、パリコレに初参加し、その当時ファッション界では、体の線を強調させるようなスタイルが流行していたため、それとは全く異なる、直線的で、ゆったりとした、さらにあちこちに穴があいている黒いニット服は前衛的で、衝撃を与えました。

10月3日生まれのファッションデザイナー山本耀司さんは、1つ下で、同じく慶応大学出身、パリコレデビューが1981年、同じく黒で勝負したところなどが共通しています。

マスコミの取材があまり好きではない?応じることが少ないそうですが、Wikipediaに語録がびっちりという人もあまりいないように思います。

そのなかで、興味深いと思ったのは下記です。アイデアや着想のイメージが種子です。

私のデザインプロセスは、始まりもなければ終わりもないです。いつもの生活の中の些細なことから何かを得ることを望んでいます。

デスクワークをしませんし、コレクションのためにスタートを切るというポイントをつくりません。これは決してムードボードがあるわけではないし、生地の見本も見ない、スケッチもしない、閃く瞬間もない…何か新しいものを探すのに終わりはないのです。

普通の生活をする中で、私は「考えること」のクリック、スタートのきっかけを望みます。そして次の段階として、全く無関係なものがイメージとして発生します。さらに次の段階、恐らく3番目の無関係な要素がどこからともなくイメージとして来るんだと思うんです。

多くの場合、各コレクションでは3粒、あるいはもっと多くの種子が偶然に形成され、最後のプロダクトとして発芽します。しかし、それは私にとって永久に終わることない作業です。だから、明らかなことは、自分は仕事をしているということを考えた瞬間は一度もありません。というのは、一瞬でも作品が完成した、終わった、と思ってしまったら次のことができなくなるからです。

しばしば、要素どうしは「時間」と「次元」で完全に分離されます。

  1. 情動
  2. パターン
  3. どこかで見たことがある写真・絵

この3つの種子が、いつのもので、どこから来たのか、どうして一緒になったのかは私にもわかりません。ただ、自分のシナジー(相乗効果)と変化を信頼します。

Wikipediaより

10月11日川久保玲

きっかけ:

種蒔きをしてみよう。

10月11日 今日は何の日?365日のきっかけ

ウインクの日

昨日10月10日は、目の愛護デーだったので、片目をつぶったウインクに見えることに由来します。ウインク出来ますか?私は左目しか出来ません。右目でやろうと口があきます。

人が集まったら、ウインクキラーでもやってみますか?

いかがでしたか?

Wikipedia情報による、本日誕生日である有名人や何かの記念日をヒントにして、きっかけワークショップをつくりました。

素敵な偶然に出会ったり、予想外のものを発見することをセレンディピティ(serendipity)というそうです。サイトをご覧になった方が素敵な偶然に出会えるかは分かりかねますが、行動したら何かが起こるかもしれません。

素敵な一日でありますように!