10月13日生まれの有名人と今日は何の日?*365日きっかけ誕生日プレゼント*

10月13日ポール・サイモン 誕生日&何の日?

10月13日生まれの皆さま、お誕生日おめでとうございます。

今日はどのように過ごしますか?

お誕生日の方、そうでない方も、今日一日ワクワクとした日を過ごしたいですよね?

そんなあなたに小さな小さなきっかけをプレゼントします。

 

レトロな洋館 建築家 辰野金吾の作品

1854年10月13日~1919年3月25日 職業:建築家

出身:日本(佐賀県)

ジョサイア・コンドルから指導を受け、イギリスに留学しコンドルの師の建築事務所やロンドン大学で学びました。

代表する建築:

  • 東京駅
  • 日本銀行本店
  • 京都文化博物館別館
  • 浜寺公園駅
  • 奈良ホテル
  • 武雄温泉楼門

10月12日辰野金吾

きっかけ:

東京のお土産は何がいいですか?

東京がついている、東京バナナ?東京ラスク?かみなりおこし?、今一つピンとこないです。

 

小出楢重が描いた「Nの家族」の謎解き

切手収集が趣味、または切手好きという方はいますか?小出楢重さんが描いた「Nの家族」は60円切手の絵柄として使われていたことがあり、見たことがある方も多いと思います。

小出楢重(こいで ならしげ)さんはどんな人?

1887年10月13日~1931年2月13日 職業:洋画家
出身:日本(大阪府)

実家は大阪の繁華街ミナミで薬の商いを営む家でした。少年時代は歌舞伎や浄瑠璃の芝居小屋に囲まれて過ごしています。ですが、大阪の明るさが性に合わず、実家の薬屋の跡を継がず、東京の美術学校に進学することを決め、現:東京芸術大学の西洋学科に入ります。

当時の日本は印象派の影響を受け継いだ外光主義が主流で、影は黒や紫と教えられても、楢重は納得できず、卒業とともに大阪に戻り、アトリエを借りて文展への出品を目指します。

2年後、結婚し子供に恵まれると、さらに制作に没頭しますが、文展は4年入選することはなかったそうです。文展で入賞すれば、道がひらけるという希望をもつ一方で、やりたいことと微妙にずれていることに、戸惑いもありました。

そういった葛藤のなかで描かれたのが、『Nの家族』でした。生活が苦しく家計のやりくりに疲れ気味の妻、2歳の息子、楢重が寄り添う姿を描きました。
友人から、「文展ではなく二科展に出品するように」勧められ、『Nの家族』で新人賞を受賞したのが31歳のときでした。

『Nの家族』はメッセージが含まれている謎解き絵画だと言われています。テーブルの上に置いてあるホルバインの画集は、16世紀を代表する画家で、世俗的で冷徹な肖像画を描いたことで知られています。それに対しての対抗で、若手人気作家への挑戦状でもあったようです。

 


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きっかけ:

家族の集合写真を撮ってみよう。

 

サイモン&ガーファンクル『コンドルは飛んでいく』

ポール・サイモンはどんな人?

1941年10月13日  職業:シンガーソングライター

出身:アメリカ

「サイモン&ガーファンクル」というユニットで、フォークロックミュージシャンとして広く知られています。

14歳のときに小学校時代の友人、アート・ガーファンクルとともに、グループ名「トム&ジェリー」で音楽活動を開始します。高校を卒業後、グループ名を「サイモン&ガーファンクル」に変え活動を行いましたが、フォークブームが過ぎ去っていたこともあり、注目されることなく、サイモンはソロで音楽活動をしていました。

グループとしてヒットしたきっかけは、ラジオで曲が紹介されリスナーの反応がよく、そのまま大ヒットにつながり、映画のテーマ音楽などを手掛けました。

代表曲:

  • 『コンドルは飛んでゆく』
  • 『ボクサー』
  • 『冬の散歩道』
  • 『明日に架ける橋』

 

『コンドルは飛んでゆく』のタイトルは知らなくても、メロディは世代問わず知っている方が多いと思います。

 

 

10月13日ポール・サイモン

 

 

「コンドルが飛んでいく」=「鷹が飛んでいく」でイメージするもので、初夢の「一富士二鷹三茄子」(いちふじ にたか さんなすび)その続きの「四扇五煙草六座頭」(しおうぎ ごたばこ ろくざとう)もありますが、夢を見たことありますか?

 

 

きっかけ:

タカがでてくる夢を見たことありますか?

駒込に「駒込富士神社」という富士山信仰の神社があり、名物が駒込茄子だったので、当時の縁起物として「駒込は一富士二鷹三茄子」と川柳で詠まれたことに由来します。

駒込茄子もそうですが、現在、江戸野菜を復活しようと頑張っている農家さんが多くいらっしゃいます。

関連するページ:江戸東京野菜

 

 

10月13日 今日は何の日?365日のきっかけ

サツマイモの日

10月はサツマイモの旬の季節、江戸から川越までの距離が約13里※なので、サツマイモに「栗(九里)より(四里)うまい十三里」という異名があったことから、10月13日をサツマイモの日として、埼玉県川越市のサツマイモ愛好家のグループ「川越いも友の会」が制定しました。

※1里はおよそ4kmなので、川越から江戸まで52kmという計算は合っているかなと思います。

浮世絵に描かれている茶屋で、現代の「焼き芋あります」というキャッチコピーは、江戸時代では「九里四里うまい十三里」でした。

江戸時代にサツマイモが栽培されるようになったのは、8代将軍吉宗の時代のことです。米だけでなく他の農作物を育てれば、飢饉があっても困らない、何かいいものはないかと考えます。そこで登場したのが、青木昆陽(あおきこんよう)という儒学者です。

青木昆陽は、魚屋の子として生まれますが、幼い頃から学問に励み、儒学を学びます。27歳で江戸で塾を開き、町奉行大岡忠助に取りたてられ、幕府で所蔵している書物の閲覧を許可されます。

吉宗が、飢饉対策でサツマイモの栽培を青木昆陽に命じ、小石川植物園、他で試験栽培を行いました。その結果、大飢饉で多くの命が救われたため、「甘藷先生」と親しまれていたほか、現在では「芋神様」として祀られています。

川越がサツマイモの街として有名になったのは、小石川植物園での試作が成功し、関東各地で、サツマイモの栽培が始まったことがきっかけです。成功し、質がよく、江戸から近いため、流通量が多く、川越=サツマイモのイメージが定着したようです。

サツマイモのレシピ参考NHKきょうの料理

 

引っ越しの日

1868(明治元年)の10月13日、明治天皇が京都御所から江戸城(現在の皇居)に入城されたことに由来し、引越専門協同組合連合会関東ブロック会が1989(平成元)年に制定しました。

 

いかがでしたか?

Wikipedia情報による、本日誕生日である有名人や何かの記念日をヒントにして、きっかけをつくりました。

素敵な偶然に出会ったり、予想外のものを発見することをセレンディピティ(serendipity)というそうです。サイトをご覧になった方が素敵な偶然に出会えるかは分かりかねますが、行動したら何かが起こるかもしれません。

素敵な一日でありますように!