10月24日生まれの有名人と今日は何の日?*365日きっかけ誕生日プレゼント*

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10月24日生まれの皆さま、お誕生日おめでとうございます。

今日はどのように過ごしますか?

お誕生日の方、そうでない方も、今日一日ワクワクとした日を過ごしたいですよね?

そんなあなたに小さな小さなきっかけをプレゼントします。

シャルロット・ペリアンの椅子などの家具とインテリア

シャルロット・ペリアンはどんな人?

1903年10月24日~1999年10月27日 職業:建築家・デザイナー
出身:フランス

10月6日生まれのル・コルビュジエに関連して、アイルランド生まれのアイリーン・グレイ(1878年8月9日~1976年10月31日)という女性デザイナーがいたことを知りましたが、もう一人女性デザイナーで、コルビュジエにも日本にもゆかりのある人が、シャルロット・ペリアンです。

過去に「ペリアンと日本」という展示会が開催されていました。

両親が洋服の仕立てをしていたことから、幼い頃よりファブリック素材に囲まれて育ったことがきっかけで、美術学校に入りデザインを学びました。卒業後、アトリエを構え、展示会に家具を出品したりしていたようです。

ル・コルビュジエのアトリエに入り、コルビュジエの甥であるピエール・ジャンヌレと3人で共同でデザインを行い、日本の建築家でコルビュジエの弟子であった、前川國男板倉準三と机を並べていた時期もあったようです。

34歳で独立し、37歳のときにブルーノ・タウトの後任として、板倉準三がペリアンを推薦したため、指導のために日本に来日し、2年弱過ごしています。

来日したのが1940年と戦争が起きる前で、当時、日本政府は外貨獲得のため、日本の工芸品を外国に輸出するために、指導をしてくれるデザイナーを招いていました。

全国をまわり、日本の伝統工芸に触れてペリアンも刺激を受けたようです。第二次世界大戦の惨禍を避けるためベトナムに行き、戦後パリに帰還します。

52歳のときに再び、日本に来日し、『コルビュジエ・レジェ・ペリアン三人展』が開催されました。

今の働く女性像に近いものがあると思いました。活躍した女性はこれまでにも沢山いるはずで、あまり知られていないだけかもしれません。

きっかけ:

知られていないけど、活躍した女性を紹介してみよう。

子供から大人まで創造力が膨らむブルーノ・ムナーリの絵本

ブルーノ・ムナーリはどんな人?

1907年10月24日~1998年9月30日

職業:美術家・グラフィックデザイナー・プロダクトデザイナー・教育者・絵本作家・詩人・美術評論家

出身:イタリア

デザインや教育関連に携わっている人は、一度は聞いたことがある人物だと思います。

1930~40年代は、グラフィックデザイナーやアートディレクターとして雑誌の編集の仕事をしていました。その傍らに息子のための、絵本や仕掛け絵本の制作を企画し、出版された絵本が一般的にブルーノ・ムナーリを知る一つです。

1958年、ムナーリが51歳のときに、イタリアを訪れていた詩人であり、美術評論家であった瀧口修造氏と知り合ったことが、ムナーリが日本で紹介されたきっかけだったようです。

7年後の1965年、日本でムナーリの個展が開催されました。個展が開催されたこともあり、日本に来日する機会が多く、日本の文化や芸術、美意識に影響を受けたと言われています。特に、漢字に強い興味を持ち、カタチに着目し「木」という字を色々な画材で書いています。

大学で教鞭をとり、デザイナー教育のための著書も多く残しています。

晩年は、こどもの創造性を高めるために遊びに着目し、遊びから得られる学びワークショップを国内外で行いました。

戦後、イタリアのレッジョ・エミリアという街に公立の幼児学校ができ、街ぐるみで芸術教育に焦点を当てた幼児教育に力を入れました。イタリア全土にその教育が広まったことは、ムナーリを含め、イタリアで活躍したデザイナーにも影響を与えているのかもしれません。

幼少期に創造を育む教育の1つとして、レッジョ・エミリア的アプローチが近年、日本でも注目されています。

10月23日ブルーノ・ムナーリ

きっかけ:

ワークショップをデザインしてみよう。

ワークショップは実際に自分が体験すること、参加型の講座です。

ワークショップデザイナーや、デザイナーを育成するための専門教育や著書も多くあり、研究者もいらっしゃいます。

ワークショップというと子供のイメージがあるかもしれませんが、課題をみつけたり、気付きのトレーニングとして、社内研修の一貫としてワークショップを取り入れたい、デザインしたいという社会人もいます。

ペットボトル開発 ナサニエル・ワイエス

ワークショップで空のペットボトルを材料として使ったりすることもあるのですが、一般的にはペットボトルは飲み物が入っている容器、飲み終わった後はリサイクルされたり、家庭で再利用されています。

ナサニエル・ワイエスはどんな人?

1911年10月24日〜1990年7月6日 職業:発明家
出身:アメリカ

ペットボトルを開発した人物として知られています。

ペットボトルが開発されるまでは、ガラスの瓶に入っているのが当たり前でしたが、1967年、ナサニエル・ワイエスは、「ビンではない透明な容器に入れらないか?」と考えます。

6年後の1973年、開発に成功し特許を取得しました。最初にペットボトルに入れられた飲み物は、炭酸飲料だったようです。

それから3年後の1976年~1977年頃に、日本にペットボトルが入ってきました。日本で最初にペットボトルが使われたのは、醤油の容器としてです。

ペットボトルのキャップはどうしてますか

スーパーの出入り口に、回収コーナーがあったりしますよね?そこには、「ペットボトルのキャップがワクチンになります」と書かれてあることがほとんどです。

キャップが何故、ワクチンになるのでしょう?

キャップは粉砕処理され家電製品などを作るためのリサイクル素材として売却してえられるお金を寄付することで、ワクチン代になるそうです。2kg(860個のキャップ) でポリオワクチン一人分相当の20円です。

そう聞いていたので、我が家でも集めて定期的にスーパーに持って行ってました。

近年、ニュースで知ったことですが、NPO法人キャップ推進委員会は、回収していたにもかかわらず、寄付していなかったそうです。これには理由があるようで、リサイクル業者にだすための送料が、寄付するお金の11倍かかり、一人分の20円のワクチンのために170円くらいの送料がかかるという指摘もあります。

「寄付するために集めていたものを寄付しないで利益を得ていたら詐欺では?」と思いますが、キャップを集めている全ての団体が詐欺行為をしているというわけではなく、そういう事情を知っても、習慣的に集めて今でもスーパーに定期的に持って行ってます。集めたキャップはワクチンになっているはずと願っています。

関連するページ:世界のこどもにワクチンを

10月23日ナサニエル・ワイエス

きっかけ:

1個のキャップに(20円・200円・2,000円・20,000円)の価値をつけてください。

860個のキャップが20円だったら、1個のキャップを20円にするための創造性を考えてもいいかもしれません。

10月24日 今日は何の日?365日のきっかけ

マーガリンの日

マーガリンの発明者イポリット・メージュ・ムーリエの誕生日であることが由来します。

2014~2015年くらいの出来事ですが、チーズの生産量をあげたために、バター不足になり、スーパーからバターが消えたり、バターを使用するパンやケーキのお店は大打撃を受けました。自宅でトーストを食べるときはマーガリンなので、特に影響がないというご家庭もあったかもしれません。

実はマーガリンが生まれたのは、バターが不足したため代替品として発明されたからです。

1869年、フランスでバターが不足したため、ナポレオン3世が、バターの替わりになるものを募集しました。イポリット・メージュ・ムーリエという化学者が考案し、上質な牛脂に牛乳などを入れて冷やして固めたものが、現在のマーガリンの原型となっています。

日本に入ってきたのは、1887年(明治20年)頃です。

マーガリンを英語で書くと「margarine」というのですが、名前の由来はギリシャ語で真珠をあらわす「margarite」、製造途中でできる脂の粒子が美しい真珠の粒のように見えたことからつけられたネーミングです。

バターとマーガリンの違い…原料が違います。

バターマーガリン
原料牛乳植物性・動物性の油脂
特徴固め・溶けるのを待つ柔らかくて塗りやすい

文鳥の日

語呂合わせで、10(て)2(に)4(しあわせ)で、手に幸せで、手乗り文鳥のヒナにかけて、文鳥の日となっています。

「手に幸せ」だと、「お手てとお手てと合わせなーむ」でお馴染みのCMが何故か浮かび、文鳥の日というイメージはありませんが、文鳥まつりなど、文鳥をモチーフにした雑貨などを販売するイベントなども、10月は開催されています。ご興味のある方は検索してみてください。

いかがでしたか?

Wikipedia情報による、10月24日が誕生日である有名人や何かの記念日をヒントにして、きっかけをつくりました。

素敵な偶然に出会ったり、予想外のものを発見することをセレンディピティ(serendipity)というそうです。サイトをご覧になった方が素敵な偶然に出会えるかは分かりかねますが、行動したら何かが起こるかもしれません。

素敵な一日でありますように!