11月18日生まれの有名人と今日は何の日?*365日きっかけ誕生日プレゼント*

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11月18日生まれの皆さま、お誕生日おめでとうございます。

今日はどのように過ごしますか?

お誕生日の方、そうでない方も、今日一日ワクワクとした日を過ごしたいですよね?

そんなあなたに小さな小さなきっかけをプレゼントします。

世界初実用的写真技術(ダゲレオタイプ)を発明したダゲール

1857年11月2日、薩摩藩の11代藩主、島津斉彬がダゲレオタイプ写真で自分を撮るよう家臣に命令しました。撮影は3~4回行い、そのうちの1枚だけ鹿児島市の尚古集成館から発見され、日本人が撮ったダゲレオタイプによる写真はこれが最古と言われています。

ダゲレオタイプとは?

フィルムがない時代、銀メッキ加工をした銅板などを磨きあげて、感光材料としてカメラにセットして撮影、天気のいい日でも30分程度、写したいものの前でジーと待って露光させます。現像は水銀蒸気を当てると、光があたっていたところに水銀が付着して、画像が浮かび上がるという仕組みです。日本語では銀板写真とも呼ばれています。

ルイ・ジャック・マンデ・ダゲールはどんな人?

1787年11月18日〜1851年7月10日 職業:発明家
出身:フランス

ダゲレオタイプ写真を開発した人として知られています。

開発する前は、パノラマ画家に弟子入りし、劇場の舞台セットのデザイナーとして活躍していました。回転画(パノラマ)という技術を残すなど、開発に長けていたようです。

1829年に写真の技術を研究していた発明家のニセフォール・ニエプスと共同で、研究を始めます。共同で、ダゲレオタイプの前のサイソウトタイプを開発に成功します。

サイソウトタイプは、銀板とラベンダーオイルの樹脂を使ったそうです。

露光時間が8時間と、実用写真としては使えるものではなかったので、2人の興味は短い時間で撮影ができることを目標に開発を進めていました。しかし5年後、ニエプスが亡くなってしまったため、一人で研究をすすめ、その3年後に、露光時間を30分~50分程度に劇的に減らすことができたダゲレオタイプの開発に成功しました。

日本人で唯一ダゲレオタイプの写真家、新井卓さんが写真に興味を持ったきっかけは、映画が好きだったことに始まるようです。

撮影時間が長い、複製が出来ない、拡大・縮小もできない、焼き増しも出来ない、水銀を扱うので危険が伴う、失敗もする、スマホのカメラでワンタッチするような気軽さは全くない、それでも撮影した写真は世界にひとつしか残らない。

抜粋:黒沢清監督と新井卓さんの対談はこちらのサイトをご覧ください。

映画『ダゲレオタイプの女』は、2016年に公開されました。

黒沢清監督の初の海外作品です。

1955年7月19日 職業:映画監督

代表作品:

  • 『CURE』
  • 『回路』
  • 『トウキョウソナタ』
  • 『ダゲレオタイプの女』
  • 『散歩する侵略者』

11月18日ルイ・ジャック・マンデ・ダゲール

きっかけ:

日光写真または、青写真(サイアノタイプ)を撮ってみよう。

ダゲレオタイプが初の実用的写真だとすると、古典的な技法として知られるのが、サイアノタイプです。感光液を自分で作るのは難しそうなので、キットを利用するといいかもしれません。

2015年くらいに100円ショップセリアで日光写真を楽しめるキットが販売されていましたが、大変好評ですぐに売れてしまったようです。

寄席文字を復活させた橘右近

NHK朝の連続小説「わろてんか」は吉本興業の創業者である吉本せいがモデルです。

一軒の寄席古屋「第二文芸館」の経営権を買い取り、芸人を集めて興業をはじめ、周りの寄席を買収し、「花月」と名付けてフランチャイズ化していきます。その奮闘記が描かれたドラマです。

大阪の天満は寄席が複数あり賑わっている町でした。しかし、「第二文芸館」は全くお客さんが入らない寄席小屋だったようです。

芸人の世話をよくしてくれる支配人、吉本せいさんの人柄を頼り、芸人が集めるようになっただけでなく、人が集まるよう工夫が面白いと思いました。一つは冷やし飴です。夏場、空調もない場所に人が集まり、笑うともっと暑くなります。野球観戦のときのビールのように、飲みものを販売していた、物販で収益を得ていたという話でした。

物販に関連して、落語をテーマにしたガチャ「落語ガチャ」が2017年11月から、東京都内の寄席や浅草演芸ホール、池袋演芸場、国立演芸場などで設置されるそうです。

そのなかで一番欲しいと思ったのが「亭号木札」で、落語家の一文の名前が書かれた木札風フィギュアです。その題字を書かれたのは、橘流寄席文字の重鎮と言われる橘左近さんです。

寄席文字はデジタル書体もあり、PCで選択すれば出力できますが、今でも寄席では手書きで書かれています。

大阪の寄席文字と江戸の寄席文字の違いについては知識がないので、分かりかねますが、江戸の寄席に関しては、江戸時代末期から専門の職人が書いていました。ですが、寄席そのものが減少してしまったことから、職人が少なくなり、素人が間に合わせで書くようになり、様式が失われていってしまったそうです。

橘右近(たちばな うこん)はどんな人?

1903年11月18日〜1995年7月3日 職業:寄席文字書家
出身:日本(東京都)

「笑点」の題字を書いた人です。

橘右近さんは落語家時代から寄席で使われたビラ類を収集していました。書こうにも教えてくる人がいなかったので、見よう見まねで過去のビラ類を参考にスタイルを確立していきました。

もとは、「寄席文字」ではなく、ビラ字」と呼ばれていたものを、「寄席文字」として復活し、46歳のときに落語家を辞め、専門の寄席文字書家、家元として活躍するようになります。橘左近さんは、右近さんのお弟子さんです。以降、お弟子さんに継承さています。

橘左近さんが寄席文字書家になるまでのきっかけと、師匠の橘右近さんについて話している記事が、とてもよかったので読んでみてください。

きっかけ:

寄席文字と勘亭流の違いを比べてみよう。

サンドアートパフォーマーのパイオニア フェレンク・カーコ

フェレンク・カーコはどんな人?

1950年11月18日  職業:アニメーション作家
出身:ハンガリー

サンドアートパフォーマンスのパイオニアとして知られています。

芸術大学でグラフィックデザインを学んだそうです。卒業後、テレビのアニメーションシリーズ作品やクレイアニメーションを制作し、その過程で砂のアニメーションを制作するようになったようです。

自身のスタジオをつくりアニメーションを制作していたときに、広島国際アニメーション映画祭に呼ばれ、日本人のアートディレクターから、砂のアニメーションのライブパフォーマンスの提案をされたことがきっかけで、サンドパフォーマンスの歴史が始まったそうです。

2004年にNTT西日本のテレビCMやNHKみんなのうたなどでも、サンドアートのアニメーションが使われました。

サンドアートパフォーマンスの団体や、個人で活動している方や、本や絵本を出版している方などがいて、生のライブを観る機会もありそうです。

きっかけ:

砂以外でもアニメーションに使用出来そうな素材はありますか?

11月18日 今日は何の日?365日のきっかけ

土木の日

「土木」の土の字が十と一、木が十と八に分解できることから、日本土木工業協会などが建設省(現国土交通省)の支援で1987年に制定しました。

関連して、語呂合わせで11(いい)1(い)8(え)「いい家」のでもあります。

日本で一番古い企業は、578年に設立された建設会社、金剛組ですが、今は大手の建設会社の子会社に移行してようです。

いかがでしたか?

Wikipedia情報による、本日誕生日である有名人や何かの記念日をヒントにして、きっかけをつくりました。

素敵な偶然に出会ったり、予想外のものを発見することをセレンディピティ(serendipity)というそうです。サイトをご覧になった方が素敵な偶然に出会えるかは分かりかねますが、行動したら何かが起こるかもしれません。

素敵な一日でありますように!