12月17日生まれの有名人と今日は何の日?*365日きっかけ誕生日プレゼント*

12月17日シャトレ夫人 誕生日&何の日?

12月17日生まれの皆さま、お誕生日おめでとうございます。

今日はどのように過ごしますか?

お誕生日の方、そうでない方も、今日一日ワクワクとした日を過ごしたいですよね?

そんなあなたに小さな小さなきっかけをプレゼントします。

 

女性科学者先駆けの肉食女子 シャトレ夫人の功績

エミリー・デュ・シャトレはどんな人?

1706年12月17日~1749年9月10日 職業:数学者・物理学者・著述家
出身:フランス

キュリー夫人が誕生する150年以上前に活躍した女性科学者です。アイザック・ニュートンの『プリンキピア』(日本語訳『自然哲学の数学的原理』)をラテン語からフランス語へ全訳したことが、功績として知られています。

 

誕生から少女時代編

爵位を持つ良家に生まれます。良家の子女教育としては、美しい立ち振る舞いの所作とかを小さい頃から身に着けているようなイメージがありますが、ブルトゥイユ家では、教育に熱心で12歳の頃にはラテン語、イタリア語、ギリシア語、ドイツ語が堪能でした。

言語以外の科目として、文学、数学、自然科学を学び、体を動かすフェンシングや乗馬、ダンスはもちろんのこと、チェンバロ、オペラなどの音楽もたしなんでいました。

 

シャトレ夫人誕生編

19歳のときにシャトレ侯爵と結婚し、シャトレ夫人になります。いわば政略結婚だったので、お互い共通点がなく、淡々としたものでした。3人の子供を出産すると、妻としての責任は果たしたと考えたエミリーは、書類上は夫婦でありながら、別居することを夫に承諾させます。

子供は誰が育てるのか?この時代、乳母がいたり、家庭教師がついていることがほとんどなので、母親や父親業というものが存在していなかったのかと思います。また上流社会では、性別関係なく既婚者であっても愛人が複数いても問題になることはありませんでした。

離婚はしていないので、生涯「シャトレ夫人」という名で呼ばれます。

 

ヴォルテール編

27歳のときに哲学者のヴォルテールと出会い、恋愛関係に発展します。この頃から本格的に物理学と数学を研究し始めます。

恋人のヴォルテールは、著作『哲学書簡』を英語で発表しますが、翌年、オランダで海賊版が大量に出回ります。この本の内容はイギリスの制度の方がフランスより優れているというものだったので、フランス当局に目をつけられ、焚書の刑の対象になっただけでなく、逮捕状がでてしまったのでシャトレ夫人を頼り、夫人の別荘に隠れて同棲を始めます。友人の働きかけにより、告発は無効になり逮捕は免れました。

お互いに執筆活動を始めますが、2人とも非常に頭がよく、似たもの同士だったため、衝突するととんでもなく激しいケンカになってしまうこともしばしばありました。フランス人はフランス語しか話さないのが当たり前の時代に、英語が分かる人はいなかったため、訪れる客人に喧嘩の内容を悟られてしまわないように英語でやり合っていたようです。

33歳のときに論文がアカデミー雑誌に掲載され、翌年、『物理学教程』という本を出版します。

 

モーペルテュイ編

39歳のときにニュートンの『プリンキピア』の翻訳と注釈を開始しますが、数学の知識が薄いと感じていたシャトレ夫人は、ヴォルテールの知り合いの数学者モーペルテュイを紹介してもらい、家庭教師をしてもらいます。

ヴォルテールとお付き合いしつつ、モーペルテゥイにも惹かれ、人目もはばからず恋仲になります。その頃に、シャトレ夫人はボローニャアカデミーの会員に選ばれています。女性でアカデミーの会員はその当時は異例だったと思われます。

40代になり、若い詩人(何歳年下かは分かりません)と恋仲になり、42歳のときに妊娠します。まだ『プリンキピア』の翻訳が完成していなかったので、妊娠8ヶ月という時期に、書きあげるためにほぼ寝ずに根性で仕上げます。シャトレ夫人は、赤ちゃんを出産後、数日で亡くなり子供も1歳になる前に亡くなりました。

 

よく会う人が好きになる単純接触効果プラス自分とは異なる知識を持っている人との出会いのドキドキを学習に利用するなど、心理学の効果をうまく使っています。

既婚者でありながら、生涯に7~8人?もっと多いかもしれませんが、恋人がいたり、愛人であったことは、現代では理解し難いものかもしれません。しかし42年という生涯のなかで、出会った相手の知識は吸収したいという、好奇心旺盛さや貪欲さは、映画化したりコミックにしたらすごく面白そうだと思いました。

 

12月17日シャトレ夫人

 

きっかけ:

「素敵」と思う人はどんな人ですか?

 

 

関連するページ: 家庭科学総合研究所(カソウケン)ほぼ日出張所

 

 

 

 

アリソン・アトリーの著書

1884年12月17日~1976年5月5日 職業:童話作家
出身:イギリス

代表作:

  • 『グレイ・ラビットのおはなし』
  • 『チム・ラビットのぼうけん』
  • 『むぎばだけ』
  • 『農場にくらして』
  • 『時の旅人』

 

ミラ・ジョヴォヴィッチ出演の映画作品

1975年12月17日 職業:女優・モデル
出身:ソビエト

代表作:

  • 『バイオハザード』シリーズ
  • 『ジャンヌ・ダルク』
  • 『フィフス・エレメント』

『フィフス・エレメント』の監督のリュック・ベッソンと結婚しますが、2年後に離婚し、『バイオハザード』シリーズの監督と3度目の結婚をし2人の子供のお母さんでもあります。

仕事柄、魅力的な男性に出会う機会が多そうな女優さんよりもシャトレ夫人の方が、惚れっぽくて、恋愛にポジティブ?な肉食女子だった!?

 

12月17日 今日は何の日?365日のきっかけ

飛行機の日

1903年12月17日、アメリカ・ノースカロライナ州のキティホークでライト兄弟が人類初の動力飛行に成功したことに由来します。

ライト兄弟よりも前に、有人動力飛行に成功した人たちは複数にいますが、それを裏付ける記録が不十分だったため、人類初と呼べるのはライト兄弟だけのようです。

 

グスターヴ・ホワイトヘッド(1874年1月1日~1927年10月10日)
ドイツの航空技師は、ライト兄弟が初飛行をした28か月前の1901年8月14日に成功したとされる主張しています。

リチャード・ピアース(1877年12月3日~1953年7月29日)
ニュージーランドの発明家でライト兄弟が初飛行をした9ヶ月前1903年3月31日に有人動力飛行に成功したとされる主張しています。

 

有人動力飛行ではないですが、ライト兄弟の初飛行の12年前に動力飛行を成功させた日本人がいます。

二宮 忠八(1866年7月20日~1936年4月8日)は、江戸時代末期に裕福な商家の四男として生まれます。父親が事業に失敗してしまい、困窮した生活から、生計をたてるために、雑貨店や印刷所などで働き、夜は書物を読み勉強します。

収入の足しになるように、自らが考案した凧を売っていた経験が、飛行機作りの原型になったと言われています。

21歳のときに徴兵され、野外演習の際に昼食を食べているときに、空を飛んでいるカラスを見て着想を得て、「模型飛行器」を作成しました。

 

 

いかがでしたか?

Wikipedia情報による、12月17日が誕生日である有名人や何かの記念日をヒントにして、きっかけをつくりました。

素敵な偶然に出会ったり、予想外のものを発見することをセレンディピティ(serendipity)というそうです。サイトをご覧になった方が素敵な偶然に出会えるかは分かりかねますが、行動したら何かが起こるかもしれません。

素敵な一日でありますように!