12月21日生まれの有名人と今日は何の日?*365日きっかけ誕生日プレゼント*

12月21日松本清張 誕生日&何の日?

12月21日生まれの皆さま、お誕生日おめでとうございます。

今日はどのように過ごしますか?

お誕生日の方、そうでない方も、ワクワクとした日を過ごしたいですよね?

そんなあなたに小さな小さなきっかけをプレゼントします。

 

松本清張 作家として本格始動する前は新聞社でデザイン担当

松本清張はどんな人?

1909年12月21日~1992年8月4日 職業:小説家
出身:日本(広島県)

 

1950年代に発表した作品がベストセラーになり、社会派推理小説ブームの火付け役になった小説家です。

 

代表作:

  • 『点と線』
  • 『眼の壁』
  • 『ゼロの焦点』
  • 『砂の器』
  • 『黒革の手帳』
  • 『或る「小倉日記」伝』

 

本名、松本清張(まつもときよはる)を音読みにして、清張(せいちょう)をペンネームにしています。自身の過去について話したがらなかったようで、生まれた場所や、誕生日が実は曖昧です。いくつか説があるうちの一つとお考えてください。

 

10代

線路建設工事の際に山が崩れて、家が押しつぶされてしまい転居、両親は様々な仕事を転々としながら、一人息子の清張を育てます。家族で小倉市に移り住み、定住したのは10歳頃です。両親は露天商をしながら生計をたてていましたが、飲食店を開業します。

清張は、尋常高等小学校(中学校)を卒業した15歳のときに、電気会社の出張所に就職し、掃除やお茶くみなどの雑用を行い、家族を支えます。

その頃に興味を持っていたのは、旅関連の本を読むことで、立ち読みをしたり、貸本屋で借りるなどしていたようです。

 

出張所が閉鎖され18歳で失職します。

子供の頃から憧れだった新聞記者になりたいと思った清張は、地元の新聞社に求人がないか聞いてみると、大卒以外の学歴では雇ってもらえないことを知ります。

 

 

20代 印刷所で見習い

実家の飲食店を手伝いますが、経営が悪化し、露店でパンや餅を売ったりしながら、生活をします。1年経っても就職先が決まらず、手に職がつく仕事をしたいと考えた清張は、印刷所の見習いとして働きはじめ、版下の作り方などの印刷の基礎を学びます。同時に広告デザインに面白さを感じます。

この頃、実家の飲食店の経営はさらに悪化し、借金取りに追われる生活になります。

22歳のときに働いていた印刷所が倒産し、他の印刷所に入り、文字のデザインをしていました。ようやく一人前の職人として認められ、27歳のときに寺の住職からの紹介で結婚します。

しかし、印刷会社の主人が亡くなると経営は悪化します。将来に不安を感じた清張は印刷所を退職し、自営の版下職人になります。この頃に、朝日新聞の西部本社が小倉に移転することを知った清張は、版下の需要が増えると見込み、支社長頼み込み、版下画工の下請け契約を結びます。

 

 

30代 念願の新聞社+第二次世界大戦で従軍

1940年31歳のときには常勤の嘱託職員になり、34歳のときに広告デザイン部署の正社員になります。

念願だった新聞社での仕事でしたが、学歴重視で実力が評価されない職場環境に、虚しさを覚えます。この頃の清張の楽しみは、デザイナー仲間との交流で、年に一度、仲間とともにポスターの展示会を開催し、東京から有名なデザイナーを呼び、審査してもらうといったことをしていたようです。

 

第二次世界大戦が勃発し、陸軍の衛生兵として従軍します。

戦後、朝日新聞に復職しますが、会社の給料だけでは生活が困難だったため、副業として箒(ほうき)の仲買を始め、荒物屋(日用品を販売するお店)に箒を卸すアルバイトをします。

しかし、1948年頃になると正規の問屋が仕事を再開し始め、アルバイトが出来なくなり、印刷所の版下を書いたり、商店街のショーウィンドウの飾り付けの手伝いや賞金目当てで、小説を書いて応募したりと、生活費を稼ぐために色々なことをしたようです。

 

 

40代 作家デビュー編

そんな清張は、もともとは作家志望ではなく、生活費を稼ぐために、新聞社の仕事の傍ら、40代になって小説を書いたのが始まりでした。処女作を含む3作品が入選し、直木賞の候補になります。

44歳 発表した「或る『小倉日記』伝」が直木賞の候補になりますが、芥川賞選考委員会に回され、芥川賞を受賞します。

45歳 朝日新聞東京支社に転勤になり、単身赴任で荻窪に住んでいたこともあるようですが、翌年家族が上京し、練馬区の借家に住んでいました。3年後、石神井公園に転居します。

47歳 朝日新聞社のデザイン部の主任に昇進しますが、退社し、本格的に作家として活動を始めました。

 

 

影響されたもの、好きなもの編

本格的に作家としてのスタートしたのが、47歳アラフィフだったので、残された人生は作家活動に費やしたいという思いが強かったようです。

松本清張というと社会派推理小説のイメージが強いですが、その原点は、電気会社の出張所に勤めていた17歳頃に雑誌に掲載されていた探偵小説でその魅力にはまり、江戸川乱歩 作品などに影響を受けています。

趣味はパチンコとカメラ撮影、エピソードとして、アルコールは飲めず、食べ物に興味がなかったようですが、お菓子のカルカンとコーヒーが好きで、カルカンは九州から取り寄せていた、コーヒーを一日に10杯飲んでいたようです。

執筆する際のペンはモンブランの万年筆とこだわりがありました。

 

 

12月21日松本清張

 

きっかけ:

できると思うことから始めてみませんか?

 

「やりたいことが分からない」などでお悩みの方、松本清張のような生き方もあります。出来ることをとりあえずやってみた、後付けで職業がついてきたり、やりたいことがあとからついてきた、最初から決めない方法もあります。

 

関連 福岡県北九州市小倉 松本清張記念館

 

エアロビの女王 ジェーン・フォンダ出演の映画作品

1937年12月21日  職業:女優・作家・政治活動家
出身:アメリカ

代表作:

  • 『コールガール』
  • 『ジュリア』
  • 『帰郷』
  • 『アイリスへの手紙』
  • 『大統領の執事の涙』
  • 『パパが遺した物語』

 

サミュエル・L・ジャクソン出演の映画作品

1948年12月21日 職業:俳優
出身:アメリカ

代表作:

  • 『キングスマン』
  • 『コーチ・カーター』
  • 『スター・ウォーズ』エピソード1~3
  • 『アイアンマン』シリーズ
  • 『アベンジャーズ』2012
  • 『交渉人』
  • 『S.W.A.T』
  • 『ダイ・ハード3』

 

ドラマ「24」以外のキーファー・サザーランド出演の映画作品

1966年12月21日  職業:俳優・プロデューサー
出身:イギリス→カナダ

若い頃から非行少年役やドンパチ系が多かったようです。

 

代表作:

  • 『スタンド・バイ・ミー』
  • 『ロストボーイ』
  • 『三銃士』
  • 『ヤングガン』
  • 『ワイルドガン』
  • 『ビハインド・ザ・レッド・ドア』

 

12月21日 今日は何の日?365日のきっかけ

クロスワードの日

1913年12月21日『ニューヨーク・ワールド』紙の日曜版にクロスワードパズルが掲載され、クロスワードパズルが世間に知られるきっかけになりました。

関連して、「回文の日」でもあります。
「回文俳句」を手がける宮崎二健「1221」が回文のようになっていることから、12月21日を「回文の日」として制定しました。

 

遠距離恋愛の日

1221の並び方が、両端が離れた1人を表し、中の2が2人一緒に仲良くしている様子み見えるという見立てで長野のFM局のアナウンサーの発案で作られたようです。

 

バスケットボールの日

1891年12月21日、アメリカ国際YMCAトレーニングスクールにおいて、世界で初めてのバスケットボールの試合が行われたこと由来します。「バスケットボール」を考案したカナダ人の体育教師、ジェームズ・ネイスミスの話はこちらで読めます。

 

 

いかがでしたか?

Wikipedia情報による、12月21日が誕生日である有名人や何かの記念日をヒントにして、きっかけをつくりました。

素敵な偶然に出会ったり、予想外のものを発見することをセレンディピティ(serendipity)というそうです。サイトをご覧になった方が素敵な偶然に出会えるかは分かりかねますが、行動したら何かが起こるかもしれません。

素敵な一日でありますように!