12月22日生まれの有名人と今日は何の日?*365日きっかけ誕生日プレゼント*

12月22日ジャン・ミシェル・バスキア 誕生日&何の日?

12月22日生まれの皆さま、お誕生日おめでとうございます。

今日はどのように過ごしますか?

お誕生日の方、そうでない方も、ワクワクとした日を過ごしたいですよね?

そんなあなたに小さな小さなきっかけをプレゼントします。

 

プッチーニのせいで起きた リアル『蝶々夫人』事件

『トゥーランドット』の「誰も寝てはならぬ」は、2004年のトリノオリンピックで金メダルをとった、フィギュアスケートの荒川静香さんが、使われた曲でお馴染みです。この曲を聴くと「イナバウアー」という単語も思い出します。

 

ジャコモ・プッチーニはどんな人?

1858年12月22日~1924年11月29日 職業:作曲家
出身:イタリア

 

オペラ代表作:

  • 『トスカ』…アリア「歌に生き、恋に生き」
  • 『蝶々夫人』…アリア「ある晴れた日に」
  • 『ラ・ボエーム』…アリア「冷たい手を」
  • 『トゥーランドット』…アリア「誰も寝てはならぬ」
  • 『ジャンニ・スキッキ』…アリア「私のお父さん」

 

本名、ジャコモ・アントニオ・ドメニコ・ミケーレ・セコンド・マリア・プッチーニは、中世から続く音楽一家でした。

5歳のときに父親が亡くなり、叔父が引き取り音楽教育をし、14歳で教会のオルガニストになります。そのままオルガニストとして生計をたてる道もありましたが、18歳のときにヴェルディ作『アイーダ』を観て感動し、それがきっかけとなり、オペラ作曲家を目指して音楽学校に入ります。

在学中に作曲のコンクールに参加し、入賞は出来ませんでしたが、提出作品が舞台化され、注目を浴びます。

30代に台本作家と組み、代表作の『ラ・ボエーム』『トスカ』『蝶々夫人』の3曲が続けて成功します。

 

『蝶々夫人』は日本が舞台なので、一般的に知られているオペラです。

登場人物のモデルは、トーマス・グラバーと妻ツルと言われています。ツルは長崎出身で、蝶の紋が入った着物を好んで着ていたことから「蝶々さん」と呼ばれていたそうです。

宣教師の妻として長崎に来日していた女性の妹、ジョン・ルーサー・ロングが書いた「マダム・バタフライ」の原作では、蝶々夫人は自殺はしていなく、「20年後」という話もあります。

オペラは後味が悪く、浮気男が本命に乗り換え&子供を取り上げられる、ショックを受けて自殺、男性目線で描かれているけれど、女性はもっと逞しく、黙って耐えて死ぬなんてありえません。原作者の女性も、「ありえない」と思ったので、20年後を残したんでしょうね。

 

でも…ありえない話でもなかったようです。

 

ドーリア・マンフレーディ事件

代表作のオペラと同じように、プッチーニは女性関係が華やかであったため、妻エルヴィーラとも駆け落ちで、その後も色恋が盛んだったことから、妻は常に目を光らせていました。

プッチーニが50歳のとき、メイド(ドーリア・マンフレーディ)と浮気をしているのではないかと疑った妻エルヴィーラは、怒り、メイドを責めたてます。責められたメイドは最終的に、毒を飲み自殺してしまいます。納得がいかない遺族は、エルヴィーラを告訴しスキャンダルに発展します。

これが「ドーリア・マンフレーディ事件」と呼ばれ、プッチーニは作曲どころではなくなります。妻エルヴィーラとの関係もギクシャクしてしまっただけでなく、多額の和解金を支払い、終結しますが、メイドとプッチーニは実は深い仲で、罪悪感に耐えきれなくなったメイドは、秘密を抱えたまま亡くなったのではないかとも言われています。

妻の勘は間違っていなかった可能性が高いだけでなく、『蝶々夫人』のような話が、実際にもあったかもしれません。

 

この実話をもとに、2008年に生誕150周年を記念して、映画『プッチーニの愛人』が公開されました。

 

プッチーニの愛人 [DVD]
タニア・スクイッラーリオ

 

 

プッチーニは、新しい物好きで、自動車を手に入れて乗りまわしているときに、交通事故を起こして脚を骨折しています。またヘビースモーカーで、喉頭がんになり、手術後の合併症が原因で急死しています。このあたり、次に紹介するバスキアと類似します。

 

 

 

12月22日ジャコモ・プッチーニ

 

 

きっかけ:

○○中毒、はまっているものはありますか?

買い物中毒、スマホ中毒、インスタ中毒など

 

 

バスキアがTシャツと相性がいいのは自身が売っていたから

俳優のレオナルド・ディカプリオが、バスキアの絵を1億円で購入したそうです。あれ、確か?ZOZOTOWMを運営する前澤社長が123億円で購入した絵はバスキアでしたよね?

オノ・ヨーコさんがコレクションしていたバスキアの絵画が競売にかけられ落札されたのは12億円、億は億でも桁が違い、お買いもの苦手?カモられた?多分、ディカプリオがお買いもの上手なんですね。

 

ジャン・ミシェル・バスキアはどんな人?

1960年12月22日~1988年8月12日 職業:画家
出身:アメリカ

バスキアは4人兄弟の次男、生まれる前に兄が亡くなり、妹2人がいました。

母親がアート好きで、幼い頃に美術館によく行っていたことも影響し、絵を描くことが好きだったので、その才能が伸びるように励ましていました。絵以外にも語学も堪能で、英語以外にもフランス語、スペイン語が話せたようです。

8歳のときに交通事故に遭い、腕を骨折し、療養中に母親が持ってきたヘンリー・グレイの「グレイの解剖学」という本に興味を持ちます。この本はバスキアにとって、アイデア本で、モチーフはここから着想を得ていたと考えられています。

 

 

両親が別居し、2人の妹は父親が引きとり、バスキアは母と暮らしていましたが、13歳のときに母親が精神的な病から入院し、一人で時間を過ごす時間が増えます。そこから家出し外で寝起きをするようになります。保護され、一時的に父親と暮していたようですが、高校を中退し、家をでてホームレスになり、Tシャツやポストカードを売りながら生計を立てました。

 

17歳頃に、友人とグループを結成し、地下鉄やスラム地区の壁にスプレーペインティングを始めます。バスキアが壁に絵を描いていた際に、会社を経営している社長と遭遇し、それがきっかけでバスキアに仕事がくるようになると、雑誌などでも紹介されるようになります。

 

Jean-Michel Basquiat
Discover recipes, home ideas, style inspiration and other ideas to try.

 

またテレビに出演し、それがきっかけでバンドを組むことになり、音楽演奏も行っていました。バンドのグループ名は「Gray」、お気に入りの解剖学の本の著者に因みます。

23歳のときにアンディ・ウォーホルと知り合います。バスキアの絵が気に入ったウォーホル、ポップアート界の巨匠に認められたバスキア、2人はお互い良い刺激となって、一緒にいることが増え、共同で作品を制作するようになります。

ウォーホルと知り合ったこと、メディアへの出演も影響して、アーティストとして展覧会に参加したり、個展が開催されると、さらに雑誌などで紹介されるようになり、世界中の絵画ファンの注目を集めるようになりました。

 

芸術家としては注目をされ順調でしたが、ヘロインに手をだすようになります。

そんな矢先にバスキアを支えてくれていたウォーホルが亡くなり、孤立状態からさらにヘロインに依存するようになり、過剰摂取によって27歳でこの世を去りました。

 

バスキア (角川文庫)
ジャン‐ミシェル バスキア

 

バスキアの絵の特徴として、メインに骸骨のような骨格のモチーフがあり、その周りに手書きの文字や数字、絵文字、記号などが入っています。王冠や天使の輪みたいなものが頭の上に乗っかっていることも多いです。

第一印象は子供が描いたような無邪気さですが、配色や文字や記号が入る位置などが絶妙で、最初にTシャツやポストカードを売るところから始まっているので、デザインの要素が強いです。どこの絵柄を切り取っても、スニーカーやスマホケース柄にしても、時代感を全く感じさせない、新しいものに見えます。

ユニクロがアートとコラボした服やアイテムのなかで、バスキアの絵がプリントされたTシャツなどの衣類が、個人的に一番カワイイな思ったのですが、「飾る絵」だけでなく「使う絵」を意識しているところにあるように思います。

 

バスキアが30代、40代、50代と年を重ねたときに、どんな絵を描いたのか見たかったです。

 

 

映画『バスキアのすべて』は2010年に公開された、ドキュメンタリー映画です。生前に撮った未公開の映像や精神科医や最初のディーラーのインタビューをもとに、バスキアどんな人物だったのかを紹介、監督はバスキアの友人です。

 

バスキアのすべて [DVD]
ジャン=ミシェル・バスキア

 

 

12月22日ジャン・ミシェル・バスキア

 

きっかけ:

骨身に染みたエピソードはありますか?

 

「骨身に染みる」は心や体で強く感じていることを指しますが、身体の全部の骨が変わるのは3~5年だそうで、3~5年経ったら骨身に染みていた「骨」が変わります。

話は全く変わりますが、ダイエットが原因で骨密度が低く、骨粗鬆症にかかりる女性が増えています。50代の4割が骨粗鬆症のリスクを抱えていて、骨折したときに知ったとか、全く分からないケースも増えています。その原因はビタミンD不足によるもので、日光を浴びることで生成されるようなので、30分くらいお散歩するのが良さそうです。(地域により異なり、北海道の場合、冬場は300分です。5時間も歩いたら、風邪をひいてしまいそうなので、気を付けてください)

 

 

12月22日 今日は何の日?365日のきっかけ

改正民法公布記念日

1947年の12月22日、「民法」の第4編と第5編を全面改正する改正法が公布されました。

この制度で、家父長制の家族制度が廃止され、戸籍が夫婦単位となりました。

 

労働組合法制定記念日

1945年12月22日、「労働組合法」が公布されました。「労働組合法」は、労働者の団結権・団体交渉権・団体行動権等の保障について定めた法律で、「労働基準法」「労働関係調整法」とともに「労働3法」と呼ばれています。

 

 

いかがでしたか?

Wikipedia情報による、12月22日が誕生日である有名人や何かの記念日をヒントにして、きっかけをつくりました。

素敵な偶然に出会ったり、予想外のものを発見することをセレンディピティ(serendipity)というそうです。サイトをご覧になった方が素敵な偶然に出会えるかは分かりかねますが、行動したら何かが起こるかもしれません。

素敵な一日でありますように!